文運東漸後、近世中後期の上方における文芸形成の特質の解明からその意義を捉え直していくという目的のもとに行ってきた図会類と絵本読本の形成実態の調査研究に関して、本年度は主としてジャンルと文壇との関係の考証を試み、名所図会の派生作である『都林泉名勝図会』(秋里籬島著・西村中和等画、寛政11年刊)の生成事情を、とくに詩歌に焦点を当てて検討する研究を行った。その結果として、まず、本作が図会の流行と作者の実績を制作の動機としながら、叙述対象の特化(専門化)の方向性から庭園史の領域に踏み込むものであることについて、庭園画あるいは風俗画といった挿絵の種類と詩歌の書き入れの関係や、既刊の名所図会との重複の回避も含めた、文芸性の添加を目的とする詩歌を介した趣向の工夫(解読を要する取り合わせ等)を明らかにした。そして、従来の名所図会で行った歌枕の古歌の収載に代わる、当代文学者による詩歌の収載をめぐる事情が、「図会」と近世中後期の上方文学界の動態の関連を捉える上でとくに重要な事象と考えられた。本作に関しては寺院の後園で営まれた文化的交流とその場での文芸の生成の事例が指摘されており、また、本作で収載作品数が多い文学者は作者秋里籬島との接点が判明している文学者と重なっている。本作における詩歌の収載は、文壇との繋がりに基づく作者の素養と人脈を発揮する場であると同時に、林泉の持つ文芸的な営為の場としての機能を活用することにより実現したものであると考えた。また、画壇において指摘される、東山における庭園画と文化人の交流の実態と似たような人的交流・文芸生成の状相が本作制作の周辺にあり得るのかという点が注視すべき事項として浮かび上がる。
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