研究課題/領域番号 |
17K13407
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
高瀬 祐子 静岡大学, 大学教育センター, 特任助教 (30708433)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 土地所有権 / 長子相続 / 著作権 / テロリズム / 恐怖 |
研究実績の概要 |
平成30年度は、主に以下の3点に関する分析をおこなった。 1.エドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』における所有の問題について。1については、本作における作品そのもののauthorshipと船上や上陸した島におけるヘゲモニーに着目すると、どちらも不安定に揺らいでいることがわかる。ポーはこの作品の連載をピム名義でスタートし、自らのauthorshipを放棄する形を取ったにもかかわらず、作中にイニシャルだと思われる図を残しただけでなく、ピムの死により発表されなかった空白部分を唯一知る人物として、その語る権利を保持する。背景に見える、執筆当時の出版業界における著作権の問題から権利の問題へ迫った。(博士論文の一章として執筆。) 2.父から息子へという長子相続性の崩壊を描く19世紀アメリカ文学と受け継がれる政治的言説について。2はこれまで研究してきた19世紀のアメリカ文学において長子相続に失敗する相続ばかりが描かれていることに注目した。一方で、独立宣言や奴隷解放宣言などの政治的言説は時代を超えて何度も言及されている。そこから見えてくるのは、アメリカにおける土地所有権の不安定さと、土地は分配すべきものであるという反貴族社会的価値観である。(博士論文の結論として執筆。) 3.「アッシャー家の崩壊」における音の描写とテロの構図について。3は「アッシャー家の崩壊」における声や音の描写と恐怖が密接に関わっていることについて分析した。恐怖の受動と能動が巧妙に入れ替わっている。ポーが描いた恐怖は奴隷反乱やセミノール戦争を背景にしているが、本作の恐怖の構図は現代のテロと一致することにも注目した。この研究成果は、『アメリカン・マインドの音声――文学・外傷・身体』(小鳥遊書房)の第一章「恐怖の音がこだまする――「アッシャー家の崩壊」に見るテロの構図」として収録された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的である「19世紀から現代を貫くアメリカ国家の土地獲得に対する欲望」についての分析は、博士論文の執筆を通して大幅に前進することができた。平成30年度に予定していたアメリカの土地に対する欲望と、奴隷や財産の所有に関する研究をポーの「黄金虫」などの分析から進めることは予定通りできなかったため、「黄金虫」の分析は平成31年度に行う予定である
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今後の研究の推進方策 |
平成31年度(令和元年)は、博士論文で扱えなかったテーマである奴隷と所有の問題と「島」という空間、さらに「発見」というテーマについては「黄金虫」を中心に分析を進めたい。また、博士論文に収録した論文をもとに日本語で論文を執筆する、あるいは英語を改編・推敲し、学会誌などに掲載できるよう努める。 博士論文の執筆を経て、アメリカの土地獲得に対する欲望の根底には、国家成立に対する漠然とした不安と恐怖があるのではないか? と仮説をたてた。トランプ大統領がメキシコとの国境に壁を作るという政策を掲げ、建設費などをめぐって様々な問題が勃発していることからもわかるように、アメリカの抱える国境(border)という意識には、根深い「何か」が存在していることをうかがわせる。そして、それはアメリカという国家が入植者たちによって作られた国家であることに起因する、国土の所有権に対する不安ではないかと考えている。つまり、自分たちの国家の土地が自分たちのものではないかもしれないという潜在的な不安と恐怖である。 その影には、ネイティブ・アメリカンの存在がある。アメリカ国家は、国家規模によるネイティブ・アメリカンたちの迫害・隠蔽の上に成立した国家であるということが、アメリカ国家全体に潜む集団的トラウマとなっているのではないか? という新たな問いも浮かんできた。 アメリカの抱える所有の概念に対する不安や恐怖を分析することによって、アメリカの根幹となる建国の理念を揺るがし、所有することへの欲望をあぶり出すことができると予想する。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外での学会発表等に時間が取れず、主に旅費が予定通り使用できなかったため。
計画を変更し、海外での学会発表は次年度に行う予定である。
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