研究課題/領域番号 |
17K13408
|
研究機関 | 鳥取大学 |
研究代表者 |
中尾 雅之 鳥取大学, 地域学部, 講師 (00733403)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 意識描写 / 自由間接思考 / 意識のレベル(知覚・思考) / 意識の言語化の度合い / 書き言葉の口語化 / リアリズム |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、英国小説において、19世紀以降、作中人物の意識を再現するための技巧として発展してきた「自由間接思考(Free Indirect Thought: FIT)」の形式と意味を通時的な観点から考察し、小説における意識描写の歴史的変遷の一端を、FITの変容・進化のプロセスを通して提示することである。本研究の主な研究対象は英国小説であるが、広く英語文学作品を視野に入れつつ研究を進めていく。初年度は、意識描写に関する先行研究をもとに、FIT(形式と意味)の通時的な変化を考察するために必要な観点を整理した。(1) FITの中で再現される作中人物の「意識のレベル(知覚・思考)」を区別し、異なるレベルの意識を表す言語指標を設定する。先行研究の中には、FITが再現する意味(意識)の中に知覚・思考レベルの意識を同じように含めているものもあるが、これらを区別して扱う方が意識描写をより精緻に分析できる。(2)FITが再現する意識が、作中人物の内面の中でどの程度「言語化」されたものか、つまり「言語化された思考(意識的な意識)」と「形を整えていない流動的な意識(無意識や断片的な思考 )」を文脈や形式などから区別する。「言語化の度合い」を見ていく重要な言語指標としては、「書き言葉の口語化」に着目する。今年度は、上記の観点を念頭におきながら、リアリズムの代表作品の1つであるサッカレーの『虚栄の市』の分析を国際学会(PALA)で発表し、その内容をProceedingsに投稿した。本論文では、従来FITを通した意識描写があまりないとされてきた当作品においても、知覚と思考を巧妙に織り交ぜた意識描写が実践されていることを指摘した。また『虚栄の市』においてFITが再現する意識は、作中人物がどんな状況(興奮・怒り・驚き)であっても、ある程度論理的に整った(言語化された)意識であることも分かった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)2017年度は、研究実績の概要で示したとおり、先行研究(Brinton 1980, Cohn 1984, Fludernik 1993/1996, Sotirova 2011/2013, Rundquist 2017など)をもとに、FITの形式と意味の通時的な変化を記述するために必要な観点を整理することができた。ただ「書き言葉の口語化」の言語指標については、今後も検討が必要である。
(2)アメリカのウェストチェスター大学で行われたPALA(Poetics and Lingusitics Association)の年次大会で、上記の成果の一部を作品分析を通して発表することができた。発表後、シェフィールド大学のJoe Bray教授から、意識描写の分析を行う上では、作家あるいは作品毎にジェンダーの観点も考慮する必要があるのではないかとの指摘を受けた。PALA 2017 Proceedings onlineに投稿する際には、この点を分析の中に反映させることができた。 今後は、意識描写の分析をする際に、FITとジェンダーの関係にも着目しながら研究を行っていきたい。
|
今後の研究の推進方策 |
当初の計画では、モダニストの作品を中心にしながら、FITにおける「書き言葉の口語化」の言語指標を設定する予定だったが、研究を進めていくうちに、書き言葉がより口語化されているポストモダン小説の方が、細かい指標を設定できる可能性があることが分かった。2018年度は、当初の予定を変更して、口語性の指標をより明確にするために、ポストモダン小説の中でも現在時制語りの小説(例:マーガレット・アトウッドの『オリクスとクレイク』)に焦点を絞り、書き言葉の口語性及びそれが作中人物の意識描写に与える影響について考えていきたいと思っている。またその成果を、イギリスのバーミンガム大学で開催されるPALA2018において発表する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2017年度は、アメリカ(フィラデルフィア、ウェストチェスター大学)への海外旅費と学会発表・論文投稿に必要な文献費の合計が当初の予定費用を超えてしまった。これらの費用を差し引いた残額では、電子コーパスやデータ解析ソフトを利用して大量の情報を処理することのできるハイスペックなパソコンを購入することができなかった。2018年度は、昨年度の残額を使いながら、パソコン及びその他の必要なソフトを購入する予定である。
|