研究課題/領域番号 |
17K13408
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研究機関 | 鳥取大学 |
研究代表者 |
中尾 雅之 鳥取大学, 地域学部, 講師 (00733403)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 現在時制 / 語り / 意識描写 / 自由間接思考 / 知覚 / 思考 / 口語化 |
研究実績の概要 |
今年度は、自由間接思考(FIT)の変容プロセスの一端を、近年普及しつつある現在時制小説を取り上げて考察した。事例研究として、世界崩壊後の出来事が現在時制で語られるディストピア小説『オリクスとクレイク』(マーガレット・アトウッド作)を扱った。アトウッドはこの小説の中で、主人公スノーマンが体験する過酷な現実世界を、現在時制語りを用いて効果的に描き出している。本研究では、語りの時制としての現在時制が、スノーマンの意識描写(特にFITの形式と意味)に与える影響を分析した。分析結果は以下の通りである。 (1)FITの意味(FITが再現する意識のレベル) 現在時制語りにおいては、予想通り、思考だけではなく知覚レベルの意識も顕著に再現されていた。知覚描写においては、現在時制の持つ即時性・同時性が、世界崩壊後の「今」を生きるスノーマンの知覚描写(特に視覚)により臨場感を与え、映像喚起的な効果をもたらしていた。思考描写においては、現在時制の持つ無時間性(atemporality)が、公的な時間が消失したゼロ時(zero hour)の世界で戸惑うスノーマンの朦朧とした意識描写(幻覚・妄想)に、より現実味を与えていた。 (2)FITの形式 「会話」の基本時制である現在時制を「語り」の基本時制として使用することから、現在時制語りでは、書き言葉の口語化がかなり進行していた。以下のような表現が、口語性を示す言語指標として、多用されていた(進行形、修辞疑問、間投詞、省略、不完全文等)。現在時制を使用した口語的なスタイルは、意識の「言語化の度合い」の観点から見れば、言語化された意識(意識的な意識)よりも形を整えていない流動的な意識(幻覚・妄想など)を再現するのに適していた。また現在時制と相性のよい直接的な視覚描写(スノーマンの視覚を通した情景描写)が多いことも、作品全体の口語化と関係していることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)上記の内容の一部を、イギリスのバーミンガム大学で行われた国際文体論学会(Poetics and Linguistics Association)において発表し、その内容をProceedingsに投稿した。 (2)近年流行している現在時制語りが、FITの形式と意味に与える影響の一端を考察することができた。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は、記憶をベースとした語りにおける意識描写について扱う予定である。カズオイシグロの作品を事例に、語り手の(無)意識的な記憶の歪みが、どのようなスタイルで再現されるのかを考察する。またその成果をイギリスのリバプール大学で開催されるPALA2019において発表する。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は、イギリスへの海外旅費(学会発表)及び文献購入費が予定額を大幅に上回ってしまったために、当初購入を計画していたハイスペックなパソコン及びその他の必要なソフトに当てる費用が不足してしまった。来年度は、今年度の残額を使いながら、パソコン関係の物品を購入する予定である。
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