研究課題
今年度は、カズオ・イシグロの処女作『遠い山並みの光』(A Pale View of Hills)を事例に、記憶を媒介にした回想形式の語りにおける意識描写を扱った。この小説は、一人称自伝形式で書かれているものの、伝統的な自伝小説とは以下の点で異なっている。伝統的な一人称自伝小説では、2つの「私」(語り手としての現在の「私」と登場人物としての過去の「私」)の内的緊張関係が比較的安定しており、「語られた過去の出来事(思い出された過去の記憶)の忠実な再現」に焦点が置かれることが多いが、『遠い山並みの光』では、不安定な語り手の心理状態が「過去の記憶を歪めていくプロセス」に焦点が置かれている。つまり、この作品において、イシグロは「思い出された記憶(過去の「私」の体験)」ではなく「思い出すプロセス自体(現在の「私」の意識体験)」をよりオーセンティック(authentic)に描こうとしている。本研究では、過去のトラウマ(長女の自殺)を直視できない語り手(Etsuko)が、回想形式の語りの中で記憶を歪めていくプロセスを、言語・文体レベルで考察した。特に、人称代名詞の置換、語り手の現在の心理状態を喚起させる語彙の反復、 長女の死(首吊り自殺)を表象したイメジャリー等に注目して分析した。本研究成果の一部は、2019 年 7 月に英国リバプール大学で開催された国際文体論学会(Poetics and Linguistics Association)において発表し、その内容をProceedingsに投稿した。
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Online Proceedings of the Annual Conference of the Poetics and Linguistics Association. 2020, pp.1-14
巻: - ページ: 1-14