前年度に実施した写本調査の結果に基づき、ケンブリッジ大学所蔵の1点の写本に含まれるピーター・イドリーの教訓詩の編集上の特質について、主として2つの問題に焦点を当てて考察した。同大学所蔵の別の2点の写本との関連を見ながらそれらの問題への考察を深め、それぞれ成果の公表に至った。 焦点を当てた問題のひとつは、イドリーの教訓詩への著者以外の人物による追加詩連の存在の意義である。この研究は追加詩連の転写とともに論文にまとめ、公表した。当該論文はまず、追加詩連の書き手がそれ以前の詩連の書き手と同じなのか異なるのかという問題について古書体学的観点を踏まえつつ吟味し、書き手の異同の問題を結論するのが難しい理由を明示しながら、どちらであったとしても以前の詩連と同じ時期に続けて書かれたものである可能性が高いと指摘する。またこの新たな知見を踏まえると、追加詩連に見られる聖書の知識から写本筆耕人の社会層の推定が可能になること、別の1点のイドリー写本が同じ詩行で終わっていることとの関連性についてより詳しい分析考察が必要であることを指摘する。以上のように、追加詩連の書き手という、これまで研究者間で見解が一致をみなかった問題を詳しく取り上げて検討することで、イドリーのテクスト研究を確実に前進させ、新たな課題を明確に示した。 いまひとつは、当該写本が商人の制作依頼によるものであり、またイドリーの教訓詩以外に様々なテクストを収録していることを踏まえ、イドリー教訓詩のどのような受容を示した事例ととらえられるのかという問題である。制作依頼者によって込められたコレクションへの意味付けや、収録テクストの組み合わせに見出しうる制作依頼者の意図や関心について考察を深め、その成果を国内の西洋中世学領域の学会で発表した。関連領域の研究者と有意義な意見交換ができ、当該写本の分析考察をさらに深めていく契機とすることができた。
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