本研究は、フランスの19世紀、特に1850年代から1870年代の、高踏派からランボーにいたる作品におけるヘレニズムとキリスト教の混淆を明らかにすることを目的としている。最終年度にあたる2019年度は、神話的形象の表象に見るレアリスム描写に焦点を当てた。 フランス詩史において高踏派の特徴とされてきたのがヘレニズム彫刻を模した身体の表象であった。一方、小説と絵画において19世紀に花開いた〈レアリスム〉を象徴するのが、理想を排し醜悪さとも対峙する身体の表象である。こうしたフランス19世紀の芸術における身体の俗化の流れの中で、詩は他の芸術作品からどのような影響を受け、また他の芸術ジャンルに比してどういった特異性があるのかを追究する必要があると考えた。 2019年度は多産な批評家でもあったバンヴィルに着目し、詩人の美術批評・文芸批評を手掛かりに、詩人における〈レアリスム〉の概念と詩作の関連を考察した。特に①レアリスム宣言を行ったクールベに対する美術批評、②雑誌『レアリスム』との論争の2点からバンヴィルにおける〈レアリスム〉概念を探り、バンヴィルの詩がもつ諧謔精神とレアリスムの関係について分析を試みた。バンヴィルにおいて〈レアリスム〉は特定のクールベ絵画と結び付けられた狭義のもので、それゆえに目に見えるもの以上の真理を謳うべき詩というジャンルとは相容れないものと断定される。だが一方で〈レアリスム〉の語を使わないながら現実を細密に描写する態度について称賛する批評が見られる。神話的世界だけでなく現代社会への諷刺詩もものしたバンヴィルのジャーナリスト的視線は、おおいにレアリスムと通底するものがあろう。 本研究において教育と文学創造の関連については具体的な分析を当初の目的まで進められなかったのは遺憾ではあるが、一方でこうした小説や絵画との関連において、身体の表象を軸に考察を広められたことは想定外の収穫であった。
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