過去三年間に、プルーストへの美術史家の専門的著作からの影響、プルーストが訪れた画廊や個人のコレクションの状況、プルーストの美術批評家との交流を調査してきた。この三点を踏まえ、『失われた時を求めて』を書いた作家が生きた時代に生成しつつあった美術史学のなかで、プルーストがどのように美術作品を受容したのかを明らかにするようつとめてきた。 その中でも特にプルーストと交流のあった特定の人物たち(ジャン=ルイ・ヴォードワイエ、エミール・マール、バーナード・ベレンソン、デュラン=リュエル、ジョルジュ・プティ、シャルル・エフルッシ、ロベール・ド・ラ・シズランヌ、ジャック=エミール・ブランシュ)に注目することで、この作家の残した小説の中で実現されている芸術観を総体的に浮かび上がらせた。 またこれらの調査の過程で、プルーストと関係する作家としてモーリス・ジュヌヴォワが浮かびあがってきた。ジュヌヴォワは奇しくも2020年にパンテオンに祀られることになった作家で、その主著『14年の人びと』は第一次世界大戦の壮絶な戦いをリアリスムの手法で描いた大作である。プルーストも『失われた時を求めて』の最終巻『見出された時』で第一次世界大戦を題材としたが、その手法は大きく異なっていた。この二人の作家の比較から、プルーストのリアリスム批判の意義について考察する機会となった。 さらに研究を進めるなかでヴェルサイユがプルーストにとってどのような場であったのか、関心を持つようになった。1890年代にプルーストは頻繁にこの地を訪れていたことがわかっているが、そのときの経験が『失われた時を求めて』にも影響しているのではないかと考え、ヴェルサイユとプルーストという主題にも取り組んだ。 これらの考究は、必ずしも「美術史」に関わるものではないかもしれないが、本研究から思いがけず生まれた成果としてここに記しておく。
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