本研究は、明末清初に同じ一族の営む書坊が離れた地域間で連携しながら広域的経営を行っていた事例がどの程度あるのかを精査することで、当時における同族書坊による広域的経営の実態を把握することを目的とする。 当該年度には、前年度内に執筆した論文「虎林容与堂の小説・戯曲刊本とその覆刻本について」(『アジア遊学218 中国古典小説研究の未来』、2018.5)で得られていた課題について調査と分析を進め、その成果を口頭発表「「李卓吾先生批評」戯曲刊本の刊行状況をめぐって」(東方学会平成30年度秋季学術大会、2018.11)で報告し、先行研究では容与堂が五種の戯曲刊本に続いて刊行したものとされることの多かった、刊行者不明の「二刻五種伝奇」と「三刻五種伝奇」について、容与堂の戯曲五種とは異なり覆刻本が全く現存しないことや、微妙に版式が異なる部分があることなどから、それらが容与堂の刊行したものであるかどうかに再考の余地があることを指摘した。 また、清代の康熙年間に南京の蒋氏石渠閣が明刊本を補刻した『忠義水滸傳』の第2の伝本が発見されたのを承けてその詳細な調査を行い、荒木達雄氏との共著論文「石渠閣補刻本『忠義水滸傳』の補刻の様相について」(『中国文学報』91、2018.10)を発表した。なお、この石渠閣の補刻した明刊本は杭州刊本であったとの説が主流で、そうであれば南京の書坊が杭州から版木を入手した例となるが、南京刊本だった可能性もあることを指摘し、どちらの蓋然性がより高いかは今後の検討課題であることを確認した。 更に、本研究計画の土台となった論文「明末の商業出版における異姓書坊間の廣域的連携の存在について」(『東方学』131、2016.1)を中国語訳してドイツで開かれた国際学会で口頭発表をしたり、前年度に行ったシンポジウム報告の成果を英文誌に発表したりと、研究成果の国際的な発信にも努めた。
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