実用文書資料による日本語の史的変遷の研究として、本年度は特に和化漢文の文法・語彙研究の分野で次の成果を得た。 (1)論文「日本中世和化漢文における非使役「令」の機能 」を公表した。これは、中国漢文で〈使役〉の意を表す助動詞「令」が、日本の和化漢文で独自の非〈使役〉用法を獲得し、広範囲に使用されるに至った現象に注目したものである。この「令」の機能についてはこれまで統一的な結論が出ていない。本稿では、従来の意味中心の分析ではなく構文機能に注目し、次のとおり結論した。1.「令」の機能は動詞マーカーである、2.助詞や接辞を表し得ない和化漢文で、和語の軽動詞「する」を代替した、3.その起源は、「S令V」使役構文が他動詞文と意味的に隣接するケースにおいて、動詞マーカーと解釈されたと推定される。Vには、意志行為、非意志現象、無生物主体の事象、形容詞まで幅広く立つ。4.先行研究で「致」との類似性が指摘されたが、「致」の後続語は意志行為に限られかつ名詞的性格にとどまる点で、両者の機能は異なる。以上の成果は、前々年度の投稿論文の査読を受けて本年度にさらなる調査・考察を行った結果、得たものである。和化漢文の文法、古文書史料解釈、言語接触研究等の点で意義をもつ。 (2)論文「Xノタメニ」受身文の残存と衰退:近現代コーパスからみる」を公表した。これは、古代和化漢文で成立したと考えられる「Xノタメニ」受身文の、近現代期における用法に注目したものである。和化漢文が、現代日本語の形成にいかなる影響を与えたかを解明することにつながる意義をもつ。 (3)鎌倉幕府裁許状150通の全語リスト化・意味記述を、日本中世史学研究者の協力を得て行った。これは訴訟語彙や武士の日常語彙の成立を考察するための資料であり、最終的にはテキストジャンル(和化漢文、和文等)間の語彙交流の解明の基礎となるものである。
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