本研究の目的は,行為指示表現の地理的・歴史的変種の調査を通して,各変種の表現法の差異がなぜ,どのようにして生まれてきたのかを明らかにすることである。本研究は方言研究と文献研究を組み合わせることで,共通の枠組みで行為指示表現の変化のありようを見いだしていくこととしているが,本年度は研究の最終年度として,方言研究についてこれまでの記述をまとめ,研究論文として発表した(森勇太(2020)「西日本方言における連用形命令―地域差と成立過程―」日本方言研究会(編)『方言の研究』6,pp.35-58,ひつじ書房)。 この研究論文の中では,関西・高知・広島県安芸・広島県備後・山口の5地点の方言を扱っているが,5地点の連用形命令の体系は,助詞との承接やアクセントを考慮に入れるとすべて異なる。当地の敬語体系や,連用形命令が新形式であることを勘案すると,各地点の行為指示表現は以下の通りに成立したと考えられる。(a)関西方言=近世後期に敬語との承接形式から無核の連用形命令が成立し,その後助詞イナとの承接により有核形式が成立した。 (b)高知方言=敬語との承接形式から無核の連用形命令が成立した。(c)広島安芸方言=一段動詞の命令形命令が有核の連用形命令と同形だったことから(「起きる」の「オ[キ]ーヤ」),五段動詞にも連用形命令が類推され有核・助詞あり形式が成立した。(d)山口方言=広島安芸方言と共通の経緯で有核・助詞あり形式が成立し,その後,助詞なしの形式が成立した。(e)広島備後方言=広島安芸方言と共通の経緯で有核・助詞あり形式が成立し,これと前後して,「オ[カキ」などの敬語形式を起源として無核形式が成立した。
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