昨年までに収集したデータの一部をSCAT(大谷2019)の4ステップコーディングを採用して分析した。その中で、深層の意味の記述とされるストーリーラインを書き、断片化して理論記述を行った。その結果を踏まえ、教育心理学分野の知見を参考に考察を深めた。具体的には、期待価値理論で言われる「成功への期待(自分はあるタスクをやり遂げることができると思うかどうか)」と「価値(そのタスクをやり遂げることに価値をおくかどうか)」の2つの要因のバランスが、日本語学習者の敬語学習への向き合い方を説明するのに有効であると考えた。当然のことながら、日本語学習者とは国籍はどこであれ一人の人間である。故に、それぞれに内在する「人としてのありたい自分」を見据えながら、何に時間を費やして生きるか、誰と関係を構築しながら生きるかを模索、選択し続ける存在なのである。 日本語学習者が生きる時間軸の中で、その一部を日本語学習にあてたその時から、「人としてのありたい自分」に内包される形で、「日本語学習者としてのありたい自分」が生まれる。この日本語学習者にもいろいろな在り方があり、日本語でのコミュニケーションにおいて敬語表現をどの程度用いるかや、4技能のバランスをどのように目指すかなどの多様性が認められている。この内包関係については、「人としてのありたい自分」の方向性が、「日本語学習者としてのありたい自分」を方向付け、敬語学習への向き合い方にも影響を及ぼすことがある。またそれは、逆方向や双方向である場合もあると考える。 本研究では成功経験と失敗経験の両側面から調査を行った結果、学習者の中には、敬語学習に積極的な学習者もいれば消極的な学習者もいた。しかし、敬語学習に関して切り取った場合は消極的であっても、学習者を総体的に見た際に「人としてのありたい自分」の実現に向かっているのであれば、それは憂えることではないと考える。
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