本研究は、20世紀前半のアジア太平洋地域における保健衛生制度の形成過程に対して、日本とアメリカ合衆国の人道支援事業が及ぼした影響を、日米両国の赤十字社の活動に焦点を当てて考察することを目的とする。令和4年度は、ニューヨーク市内の文書館にて、2度にわたる関連史料の調査・収集・分析を行った。これによって、20世紀前半のアメリカ合衆国において、海外事業としての「人道支援」と、国内事業としての「慈善活動」との間に、人的・思想的・制度的な連関が存在することを確認した。また、スペイン・マドリード市内の文書館でも関連史料の収集・分析を実施し、米西戦争期の赤十字人道支援事業に関連する史料群を調査した。これによって、従来は米国内の文書館が所蔵するアメリカ赤十字社の関連史料に依拠して説明されてきた米西戦争期の人道支援の実態を、スペイン側の文書館が所蔵する史料を交えて分析し直すことで、より多角的な考察を可能にするとともに、とくに戦争捕虜援助事業を中心として、同時期の戦時人道支援活動が、20世紀を通じて発達する赤十字人道支援事業の原型のひとつとなったことを明らかにした。令和4年度は、こうした研究の進捗を踏まえて、新たに獲得した知見を日本国外の学会で報告(オンライン)した。以上の調査・研究発表を通じて、本研究はヨーロッパ諸国の戦時事業を中心に叙述されてきた従来の赤十字運動史をアジア太平洋の文脈から再考し、保健衛生分野において人道支援が植民地統治と結合していく過程に、トランスナショナルヒストリーの視点から新たな光をあてた。
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