研究課題/領域番号 |
17K13552
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
小林 亮介 九州大学, 比較社会文化研究院, 講師 (50730678)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | チベット / ダライラマ政権 / 中国 / 外交 / 領域 / 政治的地位 |
研究実績の概要 |
近年,複雑化を極める東アジア情勢の中で,チベットをめぐる民族問題は世界的に関心を集めつつも,特に理解が進んでいない分野のひとつである。研究の立ち後れの原因として,中華人民共和国に併合される以前のチベットが,中国を含む国際社会といかなる関係にあったのか,特にそのチベット自身の外交に関する考察がほとんどなされていないことが挙げられる。本研究は,チベットが近代国際社会への参入を試みた20 世紀初頭の外交をとりあげ,チベットの政治的地位と領域の確立に向けた模索の経緯を,高い史料価値を持ちながらも従来十分に利用されてこなかったチベット語文書史料を用いて明らかにし,これまで未開拓であったチベット外交史研究の基礎を構築することを目的とする。その際,(1)特に1912 年の清朝崩壊直後におけるダライラマ13 世(1876-1933)の外交の射程とその限界を実証的に明らかにするとともに,(2)近代東アジア諸地域で同時継起的に生じた,西洋政治概念・外交システムの受容・運用の過程を,チベットに即して検討し,チベットの近代を東アジア近代史・世界史の中に位置づけることを目指す。 本年度の調査研究においては、当該研究プロジェクトの初年度であることに鑑み、まず文献史料の調査・収集とその分析に力点を置いた。また、清朝崩壊前後におけるダライラマ政権の対日・対米外交に関する研究のほか、「自治」をはじめとするチベット語政治概念の歴史的形成過程に関する検討をすすめ、その成果の発表に力を注いだ。前者については台湾・イギリス・アメリカ合衆国の文書館において関連する貴重な英語・チベット語・漢語文書史料の調査を実施した。後者においては、日本国内の文書館・図書館における資料調査のほか、アメリカ・イギリス所蔵史料の調査の成果を踏まえつつ、論文の執筆・刊行を実現した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度研究計画の第一の目的である文献史料の調査・収集については、台湾における国史館および中央研究院近代史研究所において、中華民国初期から国民党政権時代における、中国・チベット間の交渉に関する漢語・チベット語文書史料を収集した。さらにロンドンの国立公文書館(TNA)にて1917-18年における中国・英国・チベット間の東チベット境界画定交渉に関する史料の収集を実現した。また大英図書館にて英領インド政府が残した20世紀初頭の日本・チベット間の接触に関する調査報告など、これまで十分に利用されてこなかった文献を収集した。さらに、ワシントンDCにある議会図書館・国立公文書館(NARA)および米国公使館・領事館が中国にて収集した、ダライラマ政権の動静に関する記録や本国政府との往復文書を調査・収集した。またハーヴァード大学ホートン図書館にて、当時のアメリカ駐華公使にして著名なチベット学者であるW.W. ロクヒルに関する史料調査を行い、英語・チベット語の貴重な文書史料を収集した。これらの史料調査・収集の成果の一端は、まずロクヒルとダライラマ13世の関係構築・展開の過程を、当時の世界的な東洋学者・仏教学者間のネットワーク形成とその機能という観点から考察し、その研究成果は、財団法人東洋文庫の刊行する論集の一章として結実した。さらにダライラマ政権の対日外交については、上記史料調査の成果を踏まえつつ英語論文化をすすめ、池田巧編『チベット・ヒマラヤ文明の歴史的展開』と題する論集の一章として刊行した。このほか、チベット語における「自治」(rang skyong)という政治概念の形成過程の一端を、チベット語・英語・漢語史料の比較検討を通じて明らかにし、その成果を平成29年9月にオックスフォード大学にて開催されたシンポジウムにおいて報告するなど、研究成果を国際的に発信した。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度の調査研究では、前年度に引き続き国内外での史料調査・収集をおこなうとともに、研究成果の国内的・国際的発信に一層力を注ぐ。第一に、イギリス国立公文書館および大英図書館における関連資料の調査をさらにすすめる。第二に、龍谷ミュージアム(龍谷大学)・国立民族学博物館・財団法人東洋文庫・外務省外交史料館などに所蔵される貴重な日本・チベット関係のチベット語・日本語資料の調査を行う。そして、これらの資料調査と、前年度の調査の成果を通じて得た知見・データの統合化作業に従事していく。その際、①20世紀初頭の日本のいわゆる「アジア主義者」達の活動・チベットへの接近と、ダライラマ政権の国際社会理解の関係、②20世紀初頭におけるダライラマ政権の「反英」から「親英」への転換過程、③第一次世界大戦後における中国・チベット境界紛争・交渉、④ダライラマ13世における「独立」「自治」概念の使用例、などの側面に注目することを通して、20世紀初頭のダライラマ政権が展開していた外交活動の実態、そして領域画定を動向を立体的に描出することを試みる。①②の点については国内・国際学会における報告準備を進めるとともに、③については、イギリスにて収集したチベット語文書の読解を通じて国際学会における研究報告の準備を進めるほか、④についても、その成果の一部に関して投稿論文を準備していく。また、これら一連の投稿論文の成果を研究最終年度に単著としてまとめていくための計画を具体化させていく。
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