平成30年度に予定されていた研究計画に沿って、18世紀から19世紀初頭に出版された、陸軍将兵の従軍記録や回想録をもとに、軍内のナショナリティの混合状態が当時においていかに経験・認識されていたのか、またそれがどのように統合的なアイデンティティの創出へとつながっていったのかを考察した。具体的には、①アメリカ独立戦争期に北米で勤務した3人の将校(ジョン・ピーブルズ、ジョン・エニス、トマス・ヒューズ)、②19世紀初頭に主にインドで勤務した特進将校ジョン・シップを取り上げ、彼ら自身および周囲の将兵の間に見られる人間関係と、それを通じて形成される連帯意識について分析した。 これらの史料からは、将兵たちが勤務内外のさまざまな経験の共有を通じて、自身が所属する部隊をこえて関係を結ぶ事例を多数指摘することができる。また将校と兵士の間には、前者を父、後者を子とするような家父長的な連帯意識が育まれていたことが確認される。 18世紀を通じてイギリス陸軍のナショナリティ構成は多様性を増し、しばしば指摘されるように将兵たちのナショナリティ意識は強固であった(たとえば、リクルートやパトロネジなどに大きな影響を及ぼしていた)。しかしその一方で、上記の分析が示すように、異なるナショナリティとの接触・共存を通じて彼らの間には戦友/同朋としての共通の帰属意識が生み出されていったと考えられる。さらに、彼らが宿営を通じて市民社会とも密接なつながりを形成していった点を踏まえるならば、18世紀の陸軍は、そこに所属する/取り巻く人々が互いに知り合い、結びつく場として機能していたと結論づけることができる。 以上の考察を導くにあたって、英国公文書館および英国図書館において関連する一次史料と二次文献の集中的な調査を行った(平成30年9月)。 得られた研究成果については、『史学雑誌』127編12号掲載の論文において発表した。
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