本年度は全体の締めくくりとして、前年度までの調査・分析によって得た蘭語辞典や地誌、史書、またオランダ法典およびこれに関連するフランス法典をはじめとするテキスト等の文献や史料を整理して①資料紹介論考を発表するとともに、②これらに対する翻訳テキストを読解することを通じて、当時における西洋法の諸概念に対する分析を研究会において報告するとともに論文にまとめ、公表した。 ①の成果として、研究初年度にその存在を確認しながらも、和筆の極めて繊細な筆記体と史料の掠れのため判読に時間を要していた宇田川榕菴『和蘭志略』の読解を完了し、その中に多くの法政用語を確認したことが挙げられる。このうち、憲法史に関する箇所の翻刻を行ったうえで学術雑誌に投稿し、掲載の機会を得た(山口亮介「宇田川榕菴訳稿 涅徳尓蘭土王國政法「コンスチテュチー」」(法史学研究会会報・23・2020年))。 また、②の成果として、天保期に老中水野忠邦が翻訳を命じたオランダ法典翻訳事業の中から、特に〈市民〉をめぐる語の翻訳のあり方について、法制史学会の70周年記念論文集に論文を投稿し、査読を経て掲載された(山口亮介「天保・弘化期のオランダ法典翻訳におけるburger関連語の訳出――『和蘭律書』「断罪篇」を中心に」(額定其労ほか編『身分と経済』(慈学社)・2019年)。また、同論考に反映することのできなかった論点の一部を含めて、2020年1月に法史学研究会にて報告を行った(山口亮介「日本近世後期の法典翻訳事業における〈市民〉の訳出のあり方――burgerの翻訳を中心に」)。これらの論考によって、明治期の体系的なフランス法受容開始以前に、オランダからもたらされた法学識が、フランス法との関連性をもちつつ存在していたことが明らかにされたことは日本近代法の形成を考える上での重要な視座を提供するものであるといえる。
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