研究課題/領域番号 |
17K13618
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
岡田 陽平 神戸大学, 国際協力研究科, 准教授 (30760532)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 国連 / 平和維持活動 / 裁判権免除 / 代替手段提供義務 / 国連特権免除条約 / 人権アプローチ |
研究実績の概要 |
本件研究の必要性を認識するに至った一つの契機として、国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)がハイチ国内に持ち込んだ菌によって発生したとされる2010年のコレラ大流行を挙げることができる。国連が各加盟国の国内裁判所において享有している裁判権免除に阻まれ、その被害者ら(死者は9,000 人、感染者は800,000人に及ぶ)が実効的な救済を得られていない現状を踏まえ、そのような免除に対応して国連が負う義務、すなわち、請求処理のための代替手続を提供する義務について分析を行った。その結果、既存の手続は当該義務の履行としては不十分であり、国連は国際人権基準に合致するようなかたちで新たな手続を設置(あるいは既存の手続を改善)せねばならないということが明らかになった。他方で、国連が当該義務を履行しない限りにおいて、国内裁判所は国連の裁判権免除を否定し、よって国連に対して裁判権を行使することができるという近年有力になりつつある見解は、現行法の解釈としては基礎づけられないということも明らかにした。たとえば、加盟国は憲章に基づいて人権保障義務を負っており、当該義務は憲章第103条に基づいて、他の義務に優先すると主張される。これに対しては、主に以下のような反論を行った。第一に、国連に裁判権免除を付与する義務もまた国連憲章上の義務であり(第105条1項)、憲章義務相互間に当然には優先関係は生じない。第二に、国連特権免除条約上の義務との関係においても、当該条約は憲章第105条を具体化するものであり、第103条にいう「他のいずれかの国際協定に基く義務」には該当しない。よって、同条約上の義務との関係においても第103条の適用はない。以上の内容は、下記のとおり、International Organizations Law Reviewの第15巻(2018年)に掲載される予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
主たる理由は、本件研究の初期段階(1年目)において、国際機構法の分野でもっとも参照されている国際ジャーナル(International Organizations Law Review)において成果を発表することができたという点にある。当該ジャーナルに日本の研究機関に所属する研究者の論稿が掲載されるのは初めてのことである。本件研究を開始した当初、主に研究対象としている米国国内裁判(Georges v. the United Nations)が連邦最高裁に係属中だったこともあり、最高裁の判断を待って、その内容の分析を追加した上で成果を公表することも考えられた。しかし、原告側が最高裁での訴訟追行を断念したため、結果的に、控訴審判決までを扱った当該論文は、もっとも効果的なタイミングでの成果公表となった。 上記論文の公表がスムーズに進んだこともあり、現在、本件研究のさらなる成果を他の論文として公表するプロセスに取り組むことができている。国連平和維持活動および国連授権型活動から生じた人権侵害に対する国際責任の配分を規律する国際法につき、関連分野の国際ジャーナルに投稿を行った。現在、査読手続に付されている。具体的には、近年、英国国内裁判所が、学説上厳しい批判にさらされてきたBehrami and Saramati事件欧州人権裁判所決定に従うような判断を下している点に着目し、当該決定の内容を再検討する作業を行った。さらに、スレブレニツァ大虐殺を巡るオランダ国内裁判例、すなわち、当時現地に展開していた国連平和維持軍オランダ部隊が大虐殺から住民を保護できなかったことに対する法的責任が争われた事例の最新の動向(2017年ハーグ控訴審判決)を分析した。本件は現在オランダ最高裁に係属中であり、引き続き検討の対象とする。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策としては、国連の活動から生じた人権侵害に対する加盟国の責任とその追及手続について分析を行う予定である。まずは、前述のとおり、スレブレニツァ大虐殺を巡るオランダ国内裁判例の今後の動向を引き続きフォローする必要がある。必要に応じて、ハーグに足を運び、訴訟当事者(弁護人等)へのインタビュー調査を行う。 また、国連平和維持活動ではないが、同じく国際の平和と安全の維持のために国連が主導する措置である経済制裁、とりわけ、狙い撃ち制裁(targeted sanction)から生ずる人権侵害についても研究を行う必要があると考えている。この文脈においても、人権侵害に対する審査手続が十分に発展していないと指摘されている。また、平和維持活動における加盟国からの部隊提供と同様に、経済制裁もまた、加盟国の関与、すなわち実施措置を必要とする。興味深いことに、平和維持活動に派遣された各国部隊構成員の行為は、国際法上、原則として国連に帰属し、したがって、国連の国際責任を惹起するのに対して、国連安保理の決定に基づく経済制裁の実施行為は、国連ではなく、各加盟国の行為とみなされる。かくして、そのような制裁によって自らの人権を侵害されたと主張する者は、国内裁判所に提訴しても、国連の裁判権免除によってその請求が阻まれることはない。しかし加盟国の立場からみれば、一方で国際人権法に基づいて人権保障義務を負いつつも、他方で国連憲章に基づき安保理の決定を履行する義務を負っている。ここに義務の抵触が存在するが、この規範抵触にいかに対処するかについて、実践も学説も未だ確たる答えを見出すに至っていない。したがって、この規範抵触につき、有益な方策を見出すことができれば、実践上も学術上もきわめて価値のある研究になると考えている。
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