本研究は、近年多様な紛争が国際司法裁判所(ICJ)に付託されていることに鑑みて、これら事件における管轄権基礎と請求内容の関係について分析し、実証的研究をすることを目的としている。 今年度はまずウクライナ対ロシアのジェノサイド条約に関する事件の暫定措置命令及びその後の多数の国の訴訟参加、2024年2月に下された先決的抗弁判決に関して分析を試みた。暫定措置はロシアの軍事作戦の停止を命じるものであったが、ICJは結局当該事項に関する管轄権を否定した。一部について研究成果を公表した。 次に、前年度から引き続き、国連主要人権条約下での国家間裁判及び国家通報の利用についても研究した。人権条約裁判条項に基づき付託される事件は増加しているものの、裁判所の管轄権が認定される事件は少なく、また本案において違反認定されるまでも容易ではない。これまでに管轄権が認められ本案判決に至った事件は1件しかない。上記ウクライナ対ロシアの事件も裁判所に認められた管轄権の範囲はかなり限定的であった。しかし、全ての事件で暫定措置が要請されており、中には複数回に及ぶ要請も見られる。このように本来であれば本案判決において原告の主張が認められることが肝要であるにもかかわらず、今年度検討したこれら事件では、ICJから暫定措置を求めることが重要な目的となっていることがうかがわれ、暫定措置の独立手続化がますます進行していると評価することができる。他方で、これら事件ではICJの管轄権は多数国間条約裁判条項に基づくものであり、その後に管轄権が否定されることがしばしばある状況において、ICJの司法機関としての判断の適切性も問われることになる。
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