本年度は、前年度に引き続き、アメリカにおける退避・侵害回避・公的救助要請義務に関する議論を中心に検討を深め、その成果を「防衛行為の相当性及び退避義務・侵害回避義務に関する考察(三)」法学83巻2号151頁において公表した。さらに、比較法的知見を参照しつつ、日本法の考察を行い、その成果を「対抗行為に先行する事情と正当防衛・過剰防衛の成否」佐伯ほか編『刑事法の理論と実務①』(2019年、成文堂)127頁及び「広義の自招侵害に関する考察:自招侵害への対抗行為を中心に」刑事法ジャーナル62号10頁において公表した。 本研究全体としては、広義の自招侵害の類型化、正当防衛制限の要件及び効果を明らかにすることが試みられた。これは、わが国では従来必ずしも明らかとされておらず、また最決平成20年5月20日刑集62巻6号1786頁及び最決平成29年4月26日刑集71巻4号275頁を契機に近時議論が生じているものであり、理論的にも実務的にも重要性を有する。一方で、ドイツ法を参照し、被侵害者が事前に侵害を誘発する先行行為を行っている場合には、一定の負担を負いつつ衝突状況を解消することが被侵害者に要求され得るという観点を見出し、先行行為とそれと法的因果関係のある侵害の存在を要件に、被侵害者は退避及び軽微な侵害の甘受すべきという法的効果が生じ、その負担を負わずに行った対抗行為は正当防衛と認められないとの帰結を導いた。他方で、アメリカ法を参照し、必ずしも事前に違法な先行行為がなくとも、事前に侵害を十分に予期しており、かつそれに対する自らの対抗行為が致命的なものになることをも予期している場合には、例外的に事前の侵害回避が要請され、侵害回避を行うことなく、予定された対抗行為を実現した場合も、正当防衛としては認められない、との帰結を導いた。これらの成果は論文および学会における報告により、広く公表された。
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