研究課題/領域番号 |
17K13637
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
冨川 雅満 立教大学, 法務研究科, 特別研究員(日本学術振興会) (80781103)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 詐欺罪 / 欺罔行為 / スイス刑法 / 悪質性 / 未遂犯 / 実行の着手 / オーストリア刑法 |
研究実績の概要 |
平成30年度は、①スイス詐欺罪における悪質性概念の調査、②スイス、オーストリアにおける詐欺未遂罪の開始時期に関する比較法調査を行った。 ①について、詐欺罪は、行為者が被害者を欺いて財産的利益を得る行為を処罰する犯罪であるところ、スイスでは、行為者が誰にでも看破できる「欺く行為(欺罔行為)」を用いた場合には、詐欺罪にならないとされている。すなわち、「欺く行為(欺罔行為)」が「悪質」と言えるものでなければ詐欺罪には当たらないとされている。判例を調査したところ、スイスで「悪質性」要件が必要とされているのは、「被害者に最低限要求される注意措置を講じれば損害が回避可能である場合、そのような注意措置を講じていなかった被害者を保護することは刑法の任務ではない」との理解によることが判明した。このような理解は、近時、被害者の確認措置の有無によって詐欺罪の成立範囲を検討するわが国の判例の立場に親和的であり、参照価値が高いものと言える。さらに、スイス刑法の基本書及び判例を調査し、どのような場合にこの「悪質性」要件が認められるのかを調査した。 ②は、昨年度より継続している「詐欺罪の実行の着手」に関する調査である。特殊詐欺事案において加担者がどのような行為を行った時点で詐欺罪として処罰されうるかが、近時、わが国の判例で問題とされているところ、昨年度は、わが国の裁判例の分析及びドイツ法との比較分析を行うことで、詐欺未遂罪の処罰時期について一定の指針を提示した。その後、最判平成30年3月22日刑集72巻1号82頁において、最高裁判所が同問題につき判断を示したことから、本年度もこの問題を扱い、わが国同様ドイツ法の影響の強いスイス・オーストリアの調査を行った。調査の結果、オーストリアでの詐欺未遂罪の判断基準に参照価値が高いことが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度は、昨年度から延期していたスイス法調査を主として行った(①)。さらに、昨年度から取り組んでいる新しい重要課題についても、比較法の対象をドイツからスイス・オーストリアに広げ、調査を深めた(②)。昨年度に比べて、平成30年度は、研究成果を公刊物に掲載した機会が少なくなっているが、これは、これまで扱ってこなかったスイス・オーストリアという比較法対象国に関する調査を行ったためである。 ①スイス詐欺罪における「悪質性」要件の調査に関連して、平成30年度の夏季休暇中に、スイス・チューリッヒ大学での資料収集ならびに現地研究者へのヒアリングを実施した。資料については、スイス刑法典の立法資料など古い資料や、国内で入手困難な専門書を得ることができた。ヒアリングについては、当初計画していたチューリッヒ大学のシュワルツネッガー教授のほかに、同教授を介して知己を得たトメン教授、ナイデッガー教授にもインタビューを行うことができた。両教授は、「悪質性」に関してスイス国内で代表的な業績を上げる研究者で、特に、トメン教授は過去にスイス最高裁の調査員を担当しておられ、法実務にも精通している。3名の教授にインタビューを行えたことで、短期間ながら、十分な調査結果を得ることができた。 ②詐欺未遂罪の成立時期に関しては、平成29年度での研究過程において、日本及びドイツに関する調査分析の大部分が終了していたため、平成30年度は、比較法の調査対象にスイス・オーストリアを加えることとした。この比較法の調査成果は、上記最高裁判決の分析にも有用であるところ、調査成果の一部を上記最高裁判決の判例評釈において公表した。
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今後の研究の推進方策 |
平成31年度は、①スイス詐欺罪の「悪質性」要件についての立法調査、②ドイツ・オーストリアにおける財産犯の着手時期に関する調査を行う予定である。 ①「悪質性」要件は、スイス刑法146条において明文要件とされているところ、刑法146条の立法過程を調査する。判例・学説史に関しては、大まかな調査が完了しているところ、立法史に関する調査を行うことで、現在のスイス判例・通説の立場が形成された経緯を明らかにすることを目的とする。平成30年度の現地調査において、いくつかの立法資料を入手しており、同資料の分析を行う。分析の結果、資料数が不十分である場合には、平成31年度に再度、現地調査を行うことを検討している。 ②平成29年度、平成30年度に詐欺罪の着手時期に関する判例・比較法調査を行ったが、最判平成30年3月22日刑集72巻1号82頁が出された後も、その他の財産犯について着手時期が問題とされうると予想される。すなわち、実務家の執筆する論稿によれば、特殊詐欺事案においては、詐欺のみならず、窃盗や強盗が犯されることも少なくないことが指摘されており、今後、詐欺以外の財産犯について着手時期が争われる事案が増加すると思われる。そのため、判例実務で問題とされるに先んじて、その解決の方向性を提示するべき、平成29年度、30年度で行った調査方法を用いて、他の財産犯に関しても調査を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
購入予定であった外国書籍の出版が遅れているために、平成30年度に使用する予定であった経費を次年度に持ち越すこととした。平成31年度に同書籍が出版された際に、使用する予定である。仮に平成31年度中に出版されなかった場合には、購入を保留していた別の書籍(バーズラーコメンタール4版)に経費を当てることとする。
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