平成31年度は、主として、スイス詐欺罪における悪質性概念に関する調査を行った。詐欺罪は、行為者が被害者を欺いて財産的利益を得る行為を処罰する犯罪であるところ、スイスでは、行為者が誰にでも看破できる「欺く行為(欺罔行為)」を用いた場合には、詐欺罪にならないとされている。すなわち、「欺く行為(欺罔行為)」が「悪質」と言えるものでなければ詐欺罪には当たらないとされている。前年度までの調査により、スイスで「悪質性」要件が必要とされているのは、「被害者に最低限要求される注意措置を講じれば損害が回避可能である場合、そのような注意措置を講じていなかった被害者を保護することは刑法の任務ではない」との理解によることが判明した。このような理解は、近時、被害者の確認措置の有無によって詐欺罪の成立範囲を検討するわが国の判例の立場に親和的であり、参照価値が高いものと言える。 本年度は、さらに、スイスの立法経緯、判例の展開、学説史を調査し、「悪質性」要件の判断基準について調査を行った。この調査によると、現在のスイス判例は、被害者側の調査可能性の有無を指針に、「悪質性」要件を判断していることが判明した。すなわち、被害者に期待可能な調査可能性が認められる場合には詐欺罪の成立が否定される一方、被害者側に調査可能性がない、行為者によって調査が妨害されているといった場合には、詐欺罪の成立が肯定されている。このスイス判例の指針に照らして、わが国の詐欺罪判例を検討したところ、わが国の判例の帰結を支持しうることがわかり、今後の判断指針として有用であるとの帰結に至った。
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