研究課題/領域番号 |
17K13643
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
温 笑トウ 東北大学, 法学研究科, 准教授 (80754548)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 開示規制 / 行為規制 / コーポレート・ガバナンス / CGコード |
研究実績の概要 |
本研究は、開示規制が行為規制(実体規制)の実現手段であるという新たな観点から開示規制の再構成を図るものである。そして、平成29年度の目標は、コーポレート・ガバナンス情報(以下「CG情報」という)の開示と株価の変動の関連性を分析し、CG情報が投資判断材料としての有用性を考察することであり、かかる目標に向けて、以下の調査と研究を行い、成果を上げた。
実績1:CG情報の開示を求めるCGコードに着目し、2400社あまりの上場会社からCGコードの原則をすべて順守する上場会社100社(グループ1)と、10個以上の原則を明示的に順守しない上場会社100社(グループ2)をランダムに取り出し、各社が公表したCG報告書が公表日において各社の株価に与える影響を回帰分析の手法を利用して推定し、同僚の森田果教授の助言を得て実証研究を行ったが、どちらのグループについても、CG報告書が株価に与える影響がゼロであるという仮説を否定することはできなかったため、CG情報には、いわゆる投資判断材料としての有用性は極めて軽微である可能性があり、CG情報を開示させる制度上の役割は、むしろ行為規制にある可能性が高いという結論を得た。
実績2:ケーススタディとして、①敵対的買収防衛策、②新株発行調達資金の使途、及び③大株主による株式の売却や保有方針などに関する規律を、事前的な開示規制を中心とする日本、裁判による事後的な対処を中心とするアメリカ、及び事前の許可認可制度もしくは禁止規制を中心とする中国の法制度に関する比較研究を行い、結論として、①開示が求められる将来の情報と実際の状況との乖離から生じる法的責任の欠如は、開示規制が行為規制の実現手段として利用する際に大きな弱点であることと、②開示義務者(上場会社)と行為者(大株主)の乖離は、行為規制の代替案として期待される開示規制を無意味にする危険があるという示唆を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
理由1:コーポレート・ガバナンス情報の投資判断材料としての有用性を疑う当初の予想を実証研究の方法を利用して証明し、開示規制が行為規制の実現手段であるという仮説を立てるという平成29年の研究実施計画を遂行したのみならず、平成30年度の研究実施計画を一部実施したことである。すなわち、株式の保有と売却の場面における大株主に対する規制という観点から、日本、アメリカ及び中国の法理や制度を比較し、開示規制と行為規制の相補性を解明した。
理由2:前記比較法研究により、行為規制の実現を図るべく開示規制の弱点や限界性を発見し、行為規制を代替する開示規制の役割を重視する一方、開示規制の氾濫を防止する必要も非常に大きいことに気づいた点である。また、現在アメリカで盛んに議論されている「情報過多」の問題につながる議論であるがゆえに、本研究の意義を高め、重要な進展であると言える。
なお、当初は、開示規制の対象となる情報のうち、伝統的な開示事項とされてきた経理状況や業績と配当の予測に関する情報に加え、買収防衛策の導入、支配株主との取引、独立役員の選任、役員の報酬など情報を類型化したうえ、各情報の開示と株価変動との関係を分析することを計画していたが、しかしながら、株主総会の開催や証券届出書の提出と同時に上記情報が開示されることが多いため、個別の情報から生じる株価へ影響を特定することは困難であった。これに対し、CGコードが適用された初年度は、CG報告書の開示を単独に行った会社がほとんどであり、かつCGコードを遵守する否かの情報はこれまでなかったものであるため、より正確に株価への影響を評価できる状況にあったことを鑑み、調査の方針を変更して、CG報告書に集中することにした。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、まず、これまでの予定とおり、開示規制と行為規制の相補性について、比較法的手法を用いて解明する。そのために、アメリカに渡り、調査を進めることは欠かせない。アメリカでは、エンロン事件以降、SECは開示規制を利用して上場会社の経営者の行動を影響しようとしてきた。そのノウハウと経験は非常に貴重なものであるため、これらを学び、そしてまとめることは、今後の研究の重要な課題の一つである。具体的には、現在でもアドバイスをいただいているアメリカハーバード大学法学部のライムザイヤー教授の協力を得て、当該大学図書館やアメリカ議会図書館、その他当該大学が購入したデータベースを利用して、SEC規則や取引所規制の導入と執行などに関わる重要な議事録や報告書もしくは論文を入手し、日本と中国の状況と対照しながら研究を進める。
また、行為規制に比べて、開示規制の利点として柔軟性や導入の容易さなどがあるがゆえに、行為規制を代替する一つ手段として、これから日本でも大幅に利用される傾向がある中、平成29年度の研究を通じて、開示規制の限界性と大量な開示規制によって生じる情報の過多の問題に関心を持つようになり、そして、いち早くこの問題に取り込んできたアメリカの経験と教訓を学習することは重要であると感じたため、かかる業務を平成30年度の研究計画に追加することを決めた。具体的には、情報の過多の問題を実際に対処し、SECの委員会メンバーとして勤め、現在ハーバード大学法学部の講師であるParedes先生からご指導をいただき、最近の議論や学術の進展を把握したうえ、SEC担当部署への訪問やインタビューを実現することを試みる。その結果を踏まえて31年度の研究推進方針を決めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由:30年度より2年間アメリカの研究機関で調査及び研究を実施することを予定しており、そのために、29年度に国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)を申請したが、当該申請についての審査結果が出ていない。かりに申請が認められなかった場合、アメリカでの研究費用が現在受領している基金若手研究(B)のみになってしまうため、アメリカでの研究費用を確保するために、ノートパソコンの購入を延期し、洋書と和書は東北大学の図書館で借りられるものは図書館で読むことにして、借りられないものは他図書館からコピーを取り寄せるなどの工夫をして、29年度の支出を最小限に抑えた。
次年度の使用計画:30年度9月にアメリカに渡航することを予定しており、その旅費(40万円)と滞在費(月に約20万円)、書籍などの物品費及びノードパソコンなどの設備費に助成金を使用する予定である。
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