まず、本研究では、フランス法において権限濫用法理が20世紀末の行政判例のなかで生成し、当初は権利濫用法理との比較のもと論じられ、徐々に私法分野に応用されていく過程の分析を行った。具体的には、20世紀前半において、労働法分野(懲戒権の濫用)、会社法分野(多数決の濫用)において膾炙していった。それと同時並行し、権限濫用法理は、基礎法学上の考察の対象となり、権利概念の彫琢のなかで独自性が確認されていった(ジョスラン、ルービエ、ダバン)。20世紀後半に差し掛かり、ようやく民法分野において、夫婦共通財産に関する権限行使に対する規制(フランス民法1421条)の理解をめぐり、権限濫用法理の応用を説く見解の萌芽がみられてきた。なお、権限濫用法理は、その展開のなかで絶えず、権利濫用法理や詐害法理など隣接法理との比較検討が行われてきたことである。これら法理との関係で、権限濫用法理の独自性を位置づけることが課題となっており、ガイヤールの論文がこの点についての到達点を示している。本研究では、これら展開を踏まえて、権限濫用法理の現在地点と日本法への示唆を考察した。フランス法においては、権限濫用法理は、個別分野での拡がりをみせているほか、フランス債務法改正のなかで、代理権濫用規定に結実し、確固たる地位を示しつつある。そして、日本法については、共通利益を対象とした権限行使の規制をめぐる視点が欠けているため、権限濫用法理が重要な示唆をもたらす。具体的には、組合代理、日常家事代理、共有物の管理、所有者不明土地管理などの場面で応用可能性を示すものであることが確認できた。加えて、本研究では、日本法への示唆の検討の過程で、債権概念と権利論の関係、共同相続における権限帰属や、信託や預金債権を例に権限逸脱行為に対する規制に関する個別問題についての分析を行った。
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