当年度は、ADR前置合意(いわゆる多層的紛争解決条項を含む)の仲裁手続における効力に関する調査・考察の取りまとめに注力した。その成果として、①海外では、ADR前置合意の訴訟手続における効力とは別に、仲裁手続における効力に関する事例や議論の蓄積が進んでいること、②海外の法事情を見るに、近時では、ADR前置合意のうち確定性の要件を肯定できるものについては、合意としての拘束力を肯定する考えが受容されつつあると見られること、③仲裁前ADR前置合意の法的性質に関しては、これを仲裁廷の仲裁権限(jurisdiction)の問題として捉える考え方と、請求の受理可能性(admissibility)の問題として捉える考え方とに大別することができ、いずれの考え方によるかは、仲裁廷の仲裁権限の有無や仲裁判断の取消しの可否等を左右しうること、④仲裁前ADR前置合意の法的性質をいずれと解するかは個別の合意によって異なりうるが、admissibilityに関する合意であることをデフォルトとすることが、当事者の予測可能性および仲裁手続の安定性や仲裁判断の実効性を高めることに寄与しうると考えられること、⑤より根本的な問題解決のためには、仲裁法や仲裁規則の改正を通じたルールの明確化と共通化が期待されること、等を指摘した。 研究期間全体を通じて得られた主たる研究成果の一つは、和解目的で開示された情報の訴訟手続等における利用制限ルールについて、イギリス法やUNCITRALモデル法等との比較考察を通じて、わが国における立法化の意義や課題を明らかにしたことである。もう一つは、ADR前置合意の手続上(訴訟手続上および仲裁手続上)の効力について、国内外の議論を参考に、基本的な解釈上の枠組みを提示したことである。
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