研究課題/領域番号 |
17K13659
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研究機関 | 姫路獨協大学 |
研究代表者 |
永田 泰士 姫路獨協大学, 人間社会学群, 准教授 (10514424)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 狭義の適合性原則 / 取引開始規制 / ネット証券会社 / MiFIDⅡ / ドイツ証券取引法 / 適格性審査義務 |
研究実績の概要 |
今年度は、昨年度に引き続き、MiFIDⅡ及びこれを受けて改正されたドイツ証券取引法(以下、「2018年ドイツ証券取引法」とする)における適格性審査義務の内容把握に努め、その研究成果の公表に至った(拙稿「ドイツ証券取引法における適格性審査義務ードイツにおける取引開始規制法理としての適合性原則ー」姫路法学63号(2020)1頁-73頁)。 かかる研究を本研究課題との関係で行った理由は、以下に基づく。すなわち、MiFIDⅡ及び2018年ドイツ証券取引法には、日本における投資勧誘に相当する「投資助言」等を介在させない仲介業務に対しても原則として妥当する適格性審査義務が証券業者(証券サービス業者)に課されている。そこで、この義務内容を把握することは、本研究課題たる、「(勧誘行為を介在させない)ネット証券業者に対する狭義の適合性原則の射程」の解明のための、一参考資料となるからである。 公表論文において示した事項は、以下の通りである。第一に、重複する記述となるが、2018年ドイツ証券取引法においても、投資助言規制とは区別される、適格性審査義務が存在する。第二に、欧州証券市場監督局のガイドラインを踏まえるならば、この適格性審査義務は、日本における取引開始規制と性質を一にしているものと考えられる。第三に、2018年ドイツ証券取引法を前提として、ドイツのネット証券会社が実施している適格性審査の内容は、標準化されたフォーマットを用いて顧客に申告を求め、顧客の申告に照らし、顧客を特定のリスククラスに分類をするというものであり、また、特定のハイリスク商品の取引開始時については、別途、当該商品に特化したフォーマットを用いて、申告を求めるというものである。第四に、2003年のBGH判決からは、この実務対応は、適格性審査義務の履行として是認されることが予測される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
MiFIDⅡやドイツ証券取引法の施行時期が延長され、また、関連して、2018年証券取引法に関するコンメンタールなどの文献の刊行がなかなか進まなかった。従前よりドイツ証券取引法の研究のために用いてきたコンメンタールのうち、2018年ドイツ証券取引法に対応する形で改訂されたものは、2018年末時点で1冊にとどまり、2019年に刊行予定であったものも、結局、2019年中の刊行には至らなかった。このため、2018年証券取引法の内容把握が遅延することとなった。 しかし、このために、視点を欧州証券市場監督局の公表資料に転じることとなり、結果として、適格性審査義務等に関連するガイドラインに接することとなり、ガイドラインの検討を通じた適格性審査義務の内容把握という、本研究課題において当初には予定していなかった研究を遂行することができた。 ガイドラインを通じて、主として非対面取引で実施されることが予定されている適格性審査義務につき、形式的な審査を実施すればよいとされているわけではない一方、非対面取引の特性を維持しえないほどの可及的充実が求められているわけではない。また、ガイドラインを通じて、MiFIDⅡ下においては、行動ファイナンスの知見が導入されていることが明確となったことも、収穫の一つであった。ファイナンス論や行動ファイナンス論が民法理論に与えるインパクトの検討については、以後、長期的かつ中核的な研究課題の一つとする。 もっとも、ドイツ証券取引法をめぐるドイツ国内の議論状況の推移は、なお慎重に見守り続ける必要がある。また、本研究にはそれ以外にも「最重要」というべき未解決課題が存続している。そのため、本研究課題の遂行期間を1年延長することを申請し、その承認が得られたことで、これらに取り組む機会に恵まれた。
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今後の研究の推進方策 |
上述の通り、本研究課題の遂行期間の延長の承認が得られ、2020年度も引き続き、本研究課題の遂行を行うことができることとなった。今年度に実施することを予定している研究は、以下の二点である。 第一に、引き続き、2018年ドイツ証券取引法をめぐるドイツ国内の議論状況を注視する。そのための資源として、2020年3月に刊行された、2018年ドイツ証券取引法に対応する形で改訂されたコンメンタールを中核に据える。 第二に、本研究課題の遂行におけるこれまでの研究成果を総括する研究が不可欠である。 すなわち、2017年度において、我が国の下級審判例を網羅的に検討し、ネット証券会社に対する狭義の適合性原則の射程につき、どのような解釈が示されているのかを分析した。その結果、勧誘規制とは区別される、取引開始規制法理としての適合性原則の存在を認める立場が主流であること、また、取引開始規制法理としての適合性原則には、勧誘規制法理としての適合性原則とは明確に区別された低次の義務水準が設定されるとする立場が主流であることを明らかにした。また、2018年度及び今年度に実施した研究からは、この日本の下級審判例の主流が示す解釈論は、ドイツ法に照らすならば、異質なものではなく、むしろ相当の類似性を持つことが明らかとなった。 もっとも、ドイツ法と類似性を有することをもって、日本の下級審判例の主流が示す解釈論が望ましいものと結論付けることはもとよりできない。これが望ましいものであるか、それとも望ましくないものであるのかは、公正及び厚生の両面から、慎重に検討を加え、論証をする必要性があり、この課題が未解決のまま残っている。この課題に取り組み、現在の下級審判例の主流が示す解釈論が望ましいものか否かを論証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年ドイツ証券取引法に関連する書籍の刊行状況が予想よりも遅く、それにより、予想した図書購入が遅れていることなどに起因する。 本研究課題の遂行期間を1年延長する申請を行い、申請が承認されたことで、本研究課題を2020年度も引き続き実施する機会に恵まれた。この実施の中で、2018年ドイツ証券取引法に対応したコンメンタール等の購入費用や本研究計画の総括を担う研究に充てることを予定している。
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備考 |
拙稿「ドイツ証券取引法における適格性審査義務ードイツにおける取引開始規制法理としての適合性原則ー」のウェブ公開が同HPにてなされている。
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