本研究は、批判的実在論という理論的視座に基づき、社会統合のあり方の変遷に注目して、現代国家の変容を分析することを目的としている。最終年度である2022年度は、「自由民主主義体制のインプット-アウトプット-前提」の変容に関して得られた理論的・経験的知見を、「福祉国家の変容の日豪比較」という形で取りまとめるための作業を進めた一方で、新たな試みとして以下のことを行った。 第一に、第二次世界大戦後の先進諸国において、資本主義と民主主義の両立がいかにして可能になり、それがどのような変化を経験してきたのかを、「福祉国家の変容」という点に注目して分析を行った。福祉国家が、経済的利益を中心に階級を基礎とした集団・政党を通じた利益媒介と、官僚機構を背景とした再分配政策の実施によって正統性を確保することで両者の両立が可能となったが、利益の多様化と国家能力の揺らぎを経験するなかで、両者の両立が困難となりつつあることを確認した。 第二に、諫早湾干拓紛争を事例として、社会的合意形成を通じた社会紛争の処理の可能性と課題を検討するために、経験的調査を行った。具体的には、諫早湾干拓事業が地域社会に与えた影響に関して、住民自治組織や地域経済団体の関係者に聞き取り調査を行ったことに加え、長崎大干拓構想から長崎南部総合開発事業計画を経て国営諫早湾干拓事業に至る歴史的経過に関する資料収集を行った。その結果、大規模干拓が、単なる開発事業ではなく、様々な水害に悩まされる当該地域にとって、安全な生活を確保する上で必要なものであったこと、それゆえに、当該地域の住民は現在でも事業を受容している一方で、マスメディアによる否定的な報道に対して違和感を感じざるを得ないことなどが明らかとなった。 以上のように、22年度は研究成果の取りまとめに加え、これまでの研究を発展させる形で新たに二つの論点に取り組んだ。
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