本研究課題では、同族企業における事業承継の不確実性が企業の長期的投資行動になぜ、そしてどのように影響を与えるかというリサーチクエスチョンの下で、東京23区内に立地する製造中小企業410社のデータを用いて二つの仮説を検証した。本研究の主な発見は以下の二つである。まず、後継者が現れると同族企業経営者が期待している場合、その企業は長期的投資により従事する傾向にあることが明らかになった。次に、同族企業経営者が自らの子供に事業承継を期待しているか、それともそれ以外の人物に対して事業承継を期待しているかによって、海外進出のような長期的投資行動の傾向が異なることが明らかになった。具体的には、同族企業経営者の子供以外の人物が事業承継をしてくれるだろうという期待は、子供に対する期待よりも、より長期的投資を促進することが明らかになった。 本研究の分析結果は実務家や政策担当者に対してもいくつかの示唆をもつ。まず、同族企業経営者が自らの子供に対して事業承継を期待している場合、彼らは社会情緒的資産の損失を恐れ、長期的投資を無意識的に避けるかもしれない。そのため、子供による事業承継を期待している同族企業経営者は、自らの投資決定が過分に短期指向になっていないか注意すべきであるだろう。次に、本研究の分析結果は、後継候補者マッチングサービスや事業承継に関わる減税施策などといった中小企業における事業承継支援策によって、事業承継における不確実性を減らすことで、同族中小企業による長期的投資を促進することができる可能性を示唆している。とくに、本研究の分析結果は、子供以外の人物に対する事業承継の期待がより長期的投資を促すことを示しているため、中小企業の投資を促進したい中小企業庁などの政府機関は、外部の後継候補者を事業承継に悩む中小企業経営者に紹介するとよいかもしれない。
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