本研究では、地域社会における産業遺産のまちづくりへの活用事例が増加するなかで、その表象が「世界遺産」や「国家の近代化」という枠組みで語られる傾向が高いことに対し、あらためてそのローカルな歴史的価値を掘り起こすことを目的としている。とくに今日の日本では石炭産業という主要産業の撤退および労働者の流出によって、炭鉱の記憶がどのように語り直されつつあり、その語り直しが実際に地域の産業遺産の保存活用にどのような影響を与えつつあるのかを検討することを目的としている。 研究計画の最終年度では、前年度から繰り越しになっていた三川坑施設のガイドへの調査をあらためて行ない、初年度、2年次のデータの更新および補強を行なった。また国内外の、とりわけ英語圏の批判的文化遺産研究の文献研究も引き続き行ない、ユネスコの世界遺産というグローバル・スケールの遺産概念が、日本国内におけるローカルな文化遺産と地域社会の関係にも大きな影響を与えているということに関して、考察を深めた。 研究のアウトプットとしては、中国の南方科技大学で行なわれた文化遺産に関するシンポジウムに招待され、これまでの研究の成果を英語で発表する機会を得た。ここでは、三池炭鉱関連施設のある福岡県大牟田市、および端島炭坑跡(通称・軍艦島)のある長崎市で関連施設での調査研究の成果を、西ヨーロッパや東アジアの韓国・台湾の事例と比較し、東アジアというスケールのなかで産業遺産という概念が持ちうる可能性について議論した。この内容は、中国語に翻訳されて学術誌に掲載されている。
|