研究課題/領域番号 |
17K13866
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研究機関 | 統計数理研究所 |
研究代表者 |
稲垣 佑典 統計数理研究所, データ科学研究系, 特任助教 (30734503)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 社会関係資本 / 信頼 / 実験的調査 / Web調査 / Satisfice / 地域間異質性 |
研究実績の概要 |
Putnamの一連の研究を嚆矢とした社会関係資本の議論が注目を浴びる中、日本でも共同体における社会関係資本を活用して地域再生や地域パフォーマンスの向上を目指す取り組みが行われてきた。また、そこでは実態把握のために信頼感尺度などを用いた調査が実施されてきた。ただし、実際には行動として表出されることが多い社会関係資本の測定にあたって、調査で意識を中心に扱うのが果たして適当であるのか疑問が呈されることもあった。そうした懸念は社会関係資本研究において比較的初期の頃から存在しており、共同体の成熟度を適切に評価して政策として結実させるためには、人々の行動測定を行なったうえで状況を正確に把握する必要があるといわれていた(e.g., Fukuyama, 1995)。とはいえ、調査票をベースとした社会調査で対象者の行動を測定することは困難であり、これまでは妥協的に回顧法などの技法が用いられてきた。 こうした現況を踏まえて、社会調査で対象者の社会関係資本を反映した行動を測定するための技法開発に取り組み、パイロット・サーベイを行うことで新規開発した技法の効果を検証した。なお、そこでは紙の調査票を用いる従来の調査モードに代わって、対象者の行動測定のために柔軟な設問を実装できるWeb調査の形式を用いた。しかしながらWeb調査では、回答者のSatisfice(十分な量の認知資源を投資しない回答行動)によって結果が毀損されてしまう恐れがある。そのため当該のパイロット・サーベイには、行動測定を目的として新規開発された設問に加えて、結果の頑健性・再現性を確保するためにSatisfice検知用の仕組みを導入した。以上のパイロット・サーベイで取得したデータを分析したところ、新規開発した設問が機能していることを示唆する結果が得られた。上記が2018年度における本研究の実績概要である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究プロジェクトの二年目にあたる2018年度は、行動として表出される社会関係資本の効果を測定する実験的項目を新規に作成し、その項目の妥当性検証のためのパイロット・サーベイを実施した。このパイロット・サーベイは、2019年度に実施する予定の本調査と同じ、Web調査の形式で行なわれた。調査対象者は日本在住の20~69歳の男女1000名(Web調査会社が保有する登録モニタ)であり、募集に際して年齢(10歳刻み)と性別による割当が行われた。 検証を加えた行動測定のための設問の概要であるが、まず冒頭で調査対象者には自発的な協力が求められる状況を場面想定法的な形で提示された。そして提示された状況に対するレスポンスとして、従来の社会調査のように回答を選択肢から選ぶのではなく、回答ボタンをクリック/タップする回数によって貢献度を表明するように求められた。この項目は、調査対象者がどの程度の労力を払うかを計測するものであり、協力行動における「行動量」を把握できるようになっている。また今回のパイロット・サーベイでは、取得データの信頼性向上のため、Web調査に特有のSatisfice検知のための項目が導入されていた。加えて、Webページ間の遷移時間測定、回答デバイス(PC、スマートフォン/タブレットなど)の識別、直線回答・矛盾回答のあるデータにフラグを立てるといった仕組みも取り入れられていた。 以上の調査で得られたデータを多変量解析により分析したところ、行動測定用の設問は従来の意識項目と関連しつつも、意識項目ではカバーできない独自性を残していることが明らかとなった。なお、2019年度はこれまでの結果を踏まえたうえで規模を拡大した本調査を実施し、地域間の異質性についての検証を進める予定である。このように本研究は当初の計画どおりに進行しており、進捗状況は順調である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究によって、行動測定のための実験的調査項目の開発ならびにSatisficeへの対策を練ることができた。これらの知見に基づき、次年度は社会調査「信頼行動と地域間異質性調査」を実施する予定である。調査モードは(パイロット・サーベイと同じ)Web調査とし、調査対象者は地域活動において中心的役割を担っていると考えられる20~69歳の男女とする。なお地域間異質性に関する仔細な分析を行なうためには、町長字レベルのデータがあることが望ましい。ただし、粒度の細かい情報をWeb調査で取得するには、調査会社のモニタ登録者の多い都市圏に地域を絞った方がよい。したがって本調査では、日本全国を対象とするのではなく、東京23区を調査対象地域とする予定である。調査におけるサンプルサイズは3,000名程度を見込んでおり、一定範囲内に居住する者のデータを30名ずつ100地点分集める計画である。 とはいえ調査対象地域にどの程度の対象者が居住しているかは、調査会社が保有する登録モニタ数に依存している。また、本研究で実施する調査では行動測定項目やSatisfice検知など、通常のWeb調査と異なる特殊な仕組みを導入しなくてはならない。そのため調査対象者を十分に確保できるのみならず、必要な技術的要件を満たす調査会社を選定することが研究目標の達成に不可欠である。以上を考慮し、2019年の夏頃を目処に最適な調査会社の選定ができるよう手続きを進めていく。 上記の調査によって得られたデータは、マルチレベル分析、マルチレベル構造方程式モデルといった地域間異質性についての検証を行ううえで適当と考えられる統計技法を用いて分析する。また、一連の研究の中で開発した技法をまとめ、新たな社会関係資本の測定法として構造化できるよう取り組んでいく。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は以下の2つである。①購入量予定であった書籍の出版延期に伴う書籍代のキャンセル分、②Web調査にかかった費用が想定額よりも5万円程度安価であったこと。こうした理由による次年度使用額の発生は正当なものであり、未使用の予算については2019年度に実施する調査を拡充するための費用として計上する予定である。
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