研究課題/領域番号 |
17K13904
|
研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
北梶 陽子 広島大学, ダイバーシティ研究センター, 助教 (10781495)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | ゲーミング・シミュレーション / 入れ子型社会的ジレンマ / コミュニケーション / 話し合い / 共通の基盤 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、価値や役割、利害といった多様性のある社会において、葛藤を解決するための話し合いの基盤を明らかにすることである。話し合いは、社会のさまざまな葛藤を解決することに用いられてきた。しかし、話し合いは、互いの差異を浮き彫りにする可能性を孕んでいる。目的や価値基準といった基盤が当事者で共有されていない場合には、話し合いが決定的な決裂をもたらしかねない。そのため話し合いにおいて、多様な人々の間で共通の基盤を形成する必要がある。本研究では、それぞれが事前に持っている価値にとらわれず、何を前提の基盤とすべきかという無知の基盤を共有することが社会的に望ましい合意に結びつくことを検討するものである。 今年度は、下位集団と上位集団という重層的な社会構造をした入れ子型の社会的ジレンマにおいて、罰が協力行動をもたらすことを明らかにした研究成果をthe 18th International Conference on Social Dilemmasで発表し、論文執筆を進めた。また、企業(下位集団)と社会(上位集団)に同時に所属する多様な人々が、個人、下位集団、上位集団における活動を行うことで自身の利得最大化を目指す入れ子型の社会的ジレンマのゲーミングを実施した。このゲームでは自身の利益を追求することで、下位集団や上位集団の利益は小さくなり、下位集団の利益だけを追求しても社会全体の利益は最大化されない。人々は互いにコミュニケーションが可能であったが、下位集団の利益が最大化される活動に注力し、社会全体の利益につながる活動は行われなかった。これらの成果は、集団構造によって人々の価値や目的が多様化した社会的ジレンマ状況において、罰が頑健な協力をもたらす効果を持つこと、そして、話し合いが下位集団の利益に人々を固着させてしまうことを示唆しており、入れ子型の社会的ジレンマに新たな知見をもたらした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
企業と社会という重層的な社会構造をした入れ子型の社会的ジレンマ構造をしたゲーミングを開発し、行動データの測定を行い、コミュニケーションにより人々がどのようなインタラクションを行うかを確認した。話し合いをしても社会として共通の基盤が形成されず、下位集団のみでの基盤が共有され、それに基づいた行動が選択されることで、下位集団にとっての利益のみが追求され、社会としての利益がもたらされないという帰結が観察された。これは当初の予測を支持するものであった。また、ゲーミングの特色の一つである人々がルールを自由に解釈しそこから新たなルールを想像していくプロセスが観察できたことで、話し合いの基盤に関しても事前に与えられた価値から脱却し新たな基盤を形成するプロセスを経るためのゲーミングの構造を設計することができた。しかし、現在40名程度のデータしか収集できていなく、データ収集が十分ではない。統計的な手法での分析は困難であり、この点に遅れが生じている。今後、追加でデータ収集を行い、定量的な分析を行う必要があるが、参加者の募集方法や実施形態は昨今の社会状況を見極め、多くの参加者が同時にやりとりをできるようなゲーミングの実施方法もあわせて検討する。 一方で入れ子型の社会的ジレンマ状況における人々の協力行動に関するデータは収集できており、一通りの分析も終えている。学会での発表などにより、議論はある程度整理されているため、論文執筆の準備が整っている。部分的には執筆も進んでいるため、投稿を目指し、研究を進めていく。
|
今後の研究の推進方策 |
分析を終えた入れ子型社会的ジレンマにおける罰の効果に関する研究成果を論文として投稿し、社会構造に寄って生じる多様性が存在する状況において、罰が人々の認知基盤に与える影響に関する知見を提供する。 また、ゲーミングを用いたデータの収集が十分ではないが、参加者が一堂に会するゲームを実施するタイミングは慎重に検討する必要がある。しかし、オンラインを用いて人々のインタラクションを行うゲーミングも実施されてきており、オンライン上でのゲーミングの実施を検討する必要がある。オンライン化が可能になれば大規模にデータ収集を行うことも可能となる。また、参加者も広く募り、より多様な属性を持つ大規模な集団での行動を測定することもできるようになる。研究知見の妥当性を高めることにもつながるため、実施方法を検討する。 ただし、ゲーミングは参加者間のやりとりを制限せず、かつ参加者自らがゲームの前提をもとにゲーム内の社会を自由にデザインしていくことを可能にする設計が重要である。ゲーミングの中で人々は自分の目的を達成するために、それにふさわしい方法でやりとりやコミュニケーションを行う。全員と同時にコミュニケーションするか、一部の参加者とだけでコミュニケーションをするか、また情報の発信者が明らかにならないように情報の拡散や取り決めをするなど、参加者にとってもこうした方法を自由に選択できるようにゲーム環境を整備する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
研究計画の遅れにより、ゲームの参加者を十分に集めることができなかった。また、ゲームの実施会場を学内設備を使うなどで、支出が不要であったため、次年度使用額が生じた。この差額に関しては、参加者への報酬として今後執行をする予定である。
|