背景:近年,「自己意識の科学」が積極的に進められている。その応用的な検討課題として,統合失調症症状や脳損傷患者の主観体験のメカニズム解明が挙げられる。幻覚や妄想などの陽性症状は,身体運動制御の計算論モデルの中でも,予測系の問題と想定される。そこで運動フィードバックの自他帰属課題を用いることで,自他帰属の弁別力やフィードバックコントロールの精度の個人差を特定する。また,これらのパフォーマンス低下は,脳の特定の領域の機能不全が原因であることを考えると,TMSやtDCSといった方法による非侵襲的な脳機能の一時的な阻害により,健常者であっても類似した現象を再現できる可能性がある。 研究1「自己感の複数指標の個人差」:今まで開発してきたペンタブレットを用いた運動課題や,主観的な自己感を評価する質問紙尺度を実施することで,その指標に影響しうる個人差を検討することが可能である。その結果,妥当な視覚フィードバック課題の開発や,尺度による脳損傷患者の回復過程の評価を行った。 研究2「脳活動の非侵襲的な阻害の効果」:研究1で検討した個人差は,脳の特定の領域の機能不全である可能性が高い。そのため,右の側頭頭頂連合野をターゲットとしたTMSおよびtDCSによる機能阻害を導入したところ,自他帰属のレーティングが不正確になるという結果が明らかとなった。 重要性:これらの研究によって自己の身体・運動表象のメカニズムが脳の機能と結びつく形で解明されれば,私たちがどのように自己と他者を区別し,また同時に自己と他者をつないで 認識しているのか,私たちの社会的機能の基盤および精神病理学的な個人差についての理解が深まると考えられる。
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