2020年度はコロナ禍の影響により、さらなる資料調査を中止せざるをえなかったが、研究面での成果は以下のとおりであった。 近世後期大阪在住の易医師である菱垣元道の施印活動に関して、去年度はその代表作である『宝抓取』の執筆意図と出版状況を明らかにしたが、本年度では、元道の全著作の分析を踏まえ、その職業認識と施印認識が「妙徳」によって結ばれていることを解明した。まずは、職業認識についてであるが、元道が易者としても医者としても活躍するには、どちらの職業にも、「妙徳」という、主に「陰徳・辛抱・智利」からなる不思議な力が必要であると考えていた。そして、元道にとっての「施印」とは、この「妙徳」を積むための修行と、世に自身の名前を広める宣伝のための手段であったことを明らかにした。 以上の結果に関して、特筆すべき意義は二つある。第一に、医学史研究分野では前近代の学問において、医学と易学が未分解であったことが以前から指摘されているが、それらが「妙徳」という観念の傘下において包括されて意識されていたという事例は、管見のかぎり、本研究によってはじめて発表されたものである。第二に、教育史分野において、「施印」というメディアの存在自体は広く知られているが、施主たちは、世に知らせたい情報をなぜあえて「施印」に掲載して伝播したのかという、いわば「施印」のメディア性に関する検討がなかった。本研究で、はじめてそのメディア性を意識して検討し、「妙徳」にたどり着いたことの意義は大きいといえる。菱垣元道の事例研究で視野に入った「妙徳」が医学史と教育史において、一体どれほど一般性のある観念であったのかについて、今後詳細に調べる必要があると考える。 以上の研究成果は、すでに一つの論文として学術雑誌に掲載された。
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