本研究の目的は、漸近的対称空間における幾何解析、および無限遠境界に現れる放物幾何の不変量構成の研究に新たな本質的進展をもたらすことであった。より具体的には、典型例である有界強擬凸領域の完備Kahler-Einstein計量やその摂動として得られるEinstein計量を念頭に置き、一般の漸近的対称Einstein空間に存在すべき「付加的な幾何構造」の概念を定式化して、各種の存在定理を証明し、またそれを活用して境界不変量の構成を行うことを目標とした。 2019年度(第3年度)は、その前年度までに得られたACH-Einstein空間に対する「付加的な幾何構造」、もっと具体的にいえば「計量がKahler性に近い性質をもつような概複素構造」に基づく、境界不変量の構成を研究した。考察したアプローチは二つある。一つ目はBurnsとEpsteinによる「Chern-Gauss-Bonnet公式の繰り込み」(1990年)の手法の一般化であり、二つ目は田中昇やChern-Moserがつくった「正規Cartan接続」のひとつの実現にあたる「CRトラクター束」のCapによる記述(2002年)の一般化である。研究の結果、一つ目のアプローチを一般化する望みは薄いことがわかった。二つ目のアプローチについては有望な方針を得ることができた。その詳細を詰める作業は、これからの課題として残された。 「研究計画最終年度前年度応募」により新規課題が採択されたため、本研究は当初の予定から1年繰り上げて2019年度で終了することとした。研究期間における成果をあらためてまとめると、ACH-Einstein空間に対する「付加的な幾何構造」の概念とある種の存在定理が得られたこと、その副産物として新しいAH-Einstein計量の族の構成が得られたこと、さらに上記のような境界不変量の構成に関する研究の進捗が得られたことである。
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