平成30年度は前年度に引き続き,非コンパクト型対称空間上のディラック作用素の連続スペクトルの構造の解析について研究を行った.平成29年度はランクが2のいくつかの非コンパクト型対称空間上でディラック作用素の連続スペクトルの構造を決定した.平成30年度はさらに研究を進め,対称空間に付随する制限ルート系が偶数重複度条件を満たす場合,およびA型の対称空間などのいくつかの系列に対してディラック作用素の連続スペクトルを決定し,研究課題を部分的に解決した.また,対称空間に付随する制限ルート系が偶数重複度条件を満たす場合に,ディラック作用素は複素レゾナンスを持たないことを確認した.一般論では得られていないディラック作用素に関する非自明な結果を得たことは解析と幾何の両分野において一定の意義がある.しかし,研究課題を部分的に解決し新しい結果は得たが,ディラック作用素のスペクトルと対称空間が持つ幾何的な性質を結びつけ統一的な解釈により解析学と幾何学を結びつけるという完全解決までには研究期間内に到達しなかった. 一方,スピンを持たない自由な量子力学的粒子の運動を記述するラプラス-ベルトラミ作用素に関連する研究実績として,対称空間上のラプラス-ベルトラミ作用素に対するスペクトル散乱理論に関する論文「Scattering theory for the Laplacian on symmetric spaces of noncompact type and its application to a conjecture of Strichartz」の掲載が決定し,海外の査読付き学術専門誌「Journal of Functional Analysis」に論文が出版された.
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