研究課題/領域番号 |
17K14277
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研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
鈴木 渓 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 素粒子原子核研究所, 研究員 (40759768)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | クォーコニウム / ゼーマン効果 / 輻射崩壊 / 非相対論的QCD / 有限体積効果 / カシミール効果 / カイラル対称性 / QCD相転移 |
研究実績の概要 |
本年度は空間非等方な量子系として、(1)磁場中のハドロンと(2)有限体積系のハドロンに注目して理論研究を行った。 (1)前年度に予言した「ハドロニック・パッシェン・バック効果」は、ハドロン内部のスピン・軌道(LS)結合と比べて強い磁場によって軌道角運動量の第三成分が分岐する現象である。この現象は、ハドロン波動関数の劇的な変形を伴い、QCDスケールと比較して弱い磁場でさえ誘起されるという意味で観測的にも有力な研究対象である。本年度はこの現象に関する特徴的な崩壊過程について詳細な考察を行った。特に、QCDの有効場理論であるポテンシャル非相対論的QCD(pNRQCD)に基づくP波クォーコニウムの輻射崩壊の定式化を考案することで、崩壊モード(E1崩壊やM1崩壊)の分岐比や崩壊の空間異方性についての解析的な公式を導出し、相対論的重イオン衝突実験における観測可能性の考察を行った。これらの成果は論文としてまとめられ、Physical Review Dに掲載された。 (2)「有限体積効果」自体は、格子場の理論の数値シミュレーションにおいて必然的に生じる誤差評価や、現実的な実験環境において避けられない「有限サイズ」の補正、真空のゼロ点エネルギーシフト(いわゆる、カシミール効果)などと関連しており、技術的な問題としてだけではなく純粋な物理現象としても注目されるべき興味深い話題である。本年度は周期的・反周期的境界条件が課された箱型や平行板型の有限体積系におけるハドロンの性質について解析を行った。具体的にはカイラル対称性の破れ・回復と関係する非摂動カシミール効果が核子に及ぼす影響を議論し、それに伴う核子質量の有意なシフトを予言した。予言した物理量は将来的な格子QCDシミュレーションにおいて検証されることが期待される。これらの成果は論文としてまとめられ、Physical Review Dに掲載された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、非等方量子系の統一的解明を促すため、量子色力学(QCD)におけるクォーク少数系であるハドロンに着目し、特に一定の条件下で実現する「非等方ハドロン」(あるいは、「変形ハドロン」)の性質に注目することで研究を進めてきた。 (1)前年度に予言した「ハドロニック・パッシェン・バック効果」の特徴的な輻射崩壊モードについての新たな定式化の構築と、摂動展開の主要項までの考察はひとまず完了した。これにより「非等方ハドロン」からの崩壊過程に注目するという新たな研究分野の道筋を開拓したことが大きな成果である。 (2)これまで注目してきた磁場中のハドロン系だけでなく、新たな研究対象として有限体積系におけるハドロン物理の研究にも着手した。これは当初の研究計画には含まれていなかったが、磁場中のハドロン系のある種の一般化とも解釈でき、非等方量子系の普遍的な理解に寄与するうえで発展性のある研究対象であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
(1)本年度に得られた成果の素朴な拡張としては、「ハドロニック・パッシェン・バック効果」に対して、ポテンシャル非相対論的QCD(pNRQCD)の高次項において導入が可能となるカラー8重項クォーコニウムの寄与を議論する。また、輻射崩壊だけでなく、強い相互作用による崩壊やクォーコニウム生成過程に対する影響を議論するための定式化の構築ができると良い。さらに、これまでの研究では簡単のため静磁場を仮定してきたが、実際の加速器による重イオン衝突実験では有限温度効果や電磁場の時間依存性、生成物質の渦度などが絡み合った複雑な環境が生じている。したがって、全ての効果を包括的に考慮したシミュレーションによる予言が理想的な課題であるが、少なくとも定性的な議論までを確定させることが望ましい。 (2)カイラル対称性の破れ・回復に関する非摂動カシミール効果のハドロンへの影響について、発展的な研究を行う。特に、チャームクォークと軽いクォークから構成されるD中間子は(他のハドロンと比較して)カイラル凝縮に対する濁りの少ないプローブであることが期待されるため、同様の効果を検証する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度に国際会議の招待講演による海外出張を予定しているため。また、所属研究機関の異動に伴い新規物品の購入が必要となるため使用を見送った。
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