研究課題/領域番号 |
17K14316
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
荒木 康史 東北大学, 学際科学フロンティア研究所, 助教 (10757131)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 物性理論 / スピンエレクトロニクス / 半導体物性 / トポロジカル絶縁体 / 磁性スキルミオン |
研究実績の概要 |
平成29年度は、トポロジカル絶縁体(TI)表面における磁気スキルミオンの性質に関して研究を行った。 スキルミオンは渦構造を内部にもつ2次元磁気構造であり、スピントロニクスにおいては情報の担い手としての活用が期待されている。スキルミオンが電気伝導に与える効果として、伝導電子がスキルミオンによって非対称に散乱されることに起因したホール効果、いわゆる「トポロジカル・ホール効果(THE)」が知られている。一方でTI表面においては、強いスピン-軌道相互作用に起因したスピン-運動量ロッキングがあるため、従来のTHEの描像を適用することができない。そこで本研究では、TI表面にスキルミオンが存在する場合の電子の輸送特性を、理論的に解明することを目指した。 対象とする系として「TI」(Bi2Se3等)と「スキルミオンを持つ磁性絶縁体」(Cu2OSeO3等)の接合系を考え、その界面における電子輸送に着目した。電子の低エネルギー(ディラック点近傍)における運動を記述する有効ハミルトニアンに基づき、まずスキルミオン1個による電子散乱の振舞いを求めた。その結果、スキルミオンによって電子は非対称に散乱されるが、これは従来のTHEと異なりスキルミオンの内部構造には依存せず、内部構造をもたない所謂「磁気バブル」によっても同様に散乱されることが示された。この散乱の振舞いを用いて、スキルミオンが多数ある下での電子の輸送係数を、半古典的なボルツマン理論に基づいて計算した。その結果、TI表面のスキルミオンは異常ホール効果に寄与し、その寄与は他の既知の寄与(内因性効果、不純物による外因性効果等)とほぼ同程度の大きさであることが明らかになった。この結果から、TI表面におけるスキルミオンの存在を、ホール電流の計測により検出可能であることが示唆された。この研究成果はPhysical Review B誌に論文として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画においては、平成29年度は「トポロジカル絶縁体表面におけるスキルミオンの性質」、および「磁気構造ダイナミクスと電流・スピン流の相互作用」について解明することを目標としていた。前者については「研究実績の概要」で述べた通り論文として発表が完了しており、後者に関しても研究成果が得られ、現在論文誌にて査読中である。以上の点を踏まえて、本課題はおおむね当初の計画通りに進展しているとした。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は前年度に引き続き、「トポロジカル絶縁体」や「ワイル半金属」といったトポロジカル物質(電子系)における磁気構造の性質を扱う。その中でも特に磁気構造のダイナミクスに注目し、電流やスピン流により駆動される磁気構造の動的性質を明らかにすることを目指す。 具体的なテーマとしては、(磁性)ワイル半金属における電場による磁壁駆動が挙げられる。先行研究において、ワイル半金属中の磁壁は電荷を持つことが理論的に示されており、これは電場により磁壁を断熱的に駆動できることを示唆している。この駆動の振舞いをより詳細に明らかにするため、電流に起因したスピン移行トルクに基づいて磁壁の運動を定式化し、磁壁の巨視的なダイナミクスを調べる。電場の強さや磁化のギルバート緩和定数等のパラメータを変化させて数値シミュレーションを行い、磁壁の断熱的な駆動が可能となるパラメータ領域を明らかにすることを目指す。 また、磁化ダイナミクスを検出する手法として、物質に光を照射した場合の応答(磁気光学応答)にも着目する。直線偏光を照射した際に、透過波の偏光面が回転する「ファラデー効果」、および反射波の偏光面がずれる「カー効果」の大きさを、有限周波数領域での電気伝導度(光学伝導度)を計算することにより見積り、磁気構造の存在を光学的に検出可能かどうか検証する。また、光(振動電場)を照射した際に誘起される電流・スピン流に関しても計算を行い、直流成分(非線形応答)の有無についても議論する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度は、所属する東北大学学際科学フロンティア研究所の研究費により旅費をカバーすることができた。また、研究テーマの「磁気スキルミオン存在下での電子輸送」「磁気構造ダイナミクス下での電子輸送」ともに解析的な扱いを主としたため、コンピューターによる数値計算リソースを増強する必要がなく、当初の研究計画に比べて物品費の支出が減少した。以上の理由により、当初の所要額の一部を次年度に使用することとした。 平成30年度は「電流・電場によって誘起される磁気構造ダイナミクス」の数値シミュレーションを行うため、ワークステーションを導入し数値計算のリソース強化に充てる。また、7月に米国で開催される国際会議「ICM2018」等に出席し、研究成果を発表する。小規模な研究会を開催することも検討している。
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