研究課題
光の強電場が駆動する極端非平衡の物理は国内外を問わず実験・理論の両面から精力的な研究が進められているが、主な対象は原子・分子系や半導体、誘電体であり、強相関電子系における実験報告はごくわずかしか無い。本研究では、光電場の位相を制御した単一サイクル近赤外パルスを用いて、強相関電子系における非摂動論的な高強度場物理を実験的に開拓する。電子の多体効果が顕在化する強相関電子系においては、伝導性や磁性、誘電性の、光電場の周期の時間スケール(アト秒:as~フェムト秒:fs)での超高速制御が期待できる。本年度は、有機超伝導体として知られるκ型BEDT-TTF塩を対象に、ダイマーモット絶縁体‐金属‐超伝導転移の近傍における光強電場効果を調べた。これまでに、瞬時電場強度>3.5 MV/cmの光強電場を照射した直後(<10 fs)に誘導放出(0.63 eV)が観測されること、モット転移の臨界終点近傍および超伝導転移温度において誘導放出の強度が異常増大することを明らかにした。超伝導転移(転移温度11.6 K、エネルギースケール:~meV)が、10 fsの極めて高速(エネルギースケール:~0.4 eV)かつ高エネルギー(0.63 eV)の誘導放出の異常として観測される結果は、この物質における超伝導機構に電子相関(クーロン反発U、V、エネルギースケール:~eV)が強く関与していることを示唆する。非BCS型超伝導体である本物質の超伝導の起源の解明に向けて興味深い結果を得たと言える。また、理論計算(中央大 米満グループ)の結果と考えあわせると、光の瞬時強電場によって生じた電荷の偏り(ダイマー内分極)の高速振動(周期~6 fs)が誘導放出の起源と考えられる。高周波の瞬時光強電場によって、基底状態としては存在しない電子状態(ダイマー内分極)が誘起されたことを示唆している。
2: おおむね順調に進展している
単一サイクル赤外パルス光源の安定化によって、系統的な物性測定が可能になってきた。本年度は、有機超伝導体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brを対象としたポンプ-プローブ実験において、光強電場を照射した後のフェムト秒の実時間ダイナミクス(反射率・透過率変化の時間発展)、スペクトル形状の変化(プローブ波長依存性)、励起強度依存性、温度依存性を系統的に調べた。その結果、瞬時電場強度3.5 MV/cm以上の光強電場を照射した直後(<10 fs)に誘導放出(ピークエネルギー0.63 eV)が観測されること、モット転移の臨界終点近傍(30 K)および超伝導転移温度(11.6 K)において、誘導放出の強度が異常増大することが明らかとなった。この結果は、クーロン反発UやVなどの高エネルギー(~eV)の電子相関が、モット転移だけではなく超伝導転移にも強く関与していることを示唆しており、非BCS型超伝導体である本物質の超伝導機構の解明に向けて興味深い結果を得たと言える。さらに、理論計算(中央大 米満グループ)の結果と考えあわせると、モット転移や超伝導転移の近傍では、基底状態としては存在しない隠れた電子状態(電荷秩序や強誘電)が、光の瞬時強電場によって効率的に誘起される可能性を示唆している。また、電子型強誘電体α-(BEDT-TTF)2I3を対象とした実験からは、強誘電(電荷秩序)状態をほぼ完全に消失できること、モット-ハバード絶縁体V2O3を対象とした実験からは、軌道励起によって反強磁性絶縁体→常磁性金属転移がほぼ100%の効率で起こることもわかってきた。
光の高周波強電場が駆動する非摂動論的な極端非平衡現象のひとつとして、高次高調波発生に関する研究が国内外で注目を集めている。光強電場による高次高調波発生は、原子・分子系ではアト秒パルス発生の基本原理として、半導体や絶縁体においては光電場下の電子状態(フロケ状態)の舞台として、実験・理論の両面から精力的に研究が行われている。本研究では、モット転移や超伝導転移と言った多体電子の相互作用が顕在化する強相関電子系における高次高調波発生を調べ、光強電場下の多体電子のダイナミクスを実験的に明らかにする。これまでの実験で捉えた有機超伝導体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brにおける非線型分極振動は、光強電場によって瞬間的に(~6 fsの時間スケールで)BEDT-TTF分子間に電荷の偏りが生じ、空間反転対称性が破れることを示唆している。次年度はまず、光強電場の照射に伴う第二高調波発生を検出することで、この空間反転対称性の破れを実験的に捉える。さらに、光電場の位相を制御した単一サイクル赤外パルスを用いたアト秒干渉計を構築し、有機超伝導体における非線形分極振動をフェムト秒以下の時間分解能で実時間観測することで、光の瞬時強電場が過渡的な分極を誘起する機構の解明を目指す。また、既存の単一サイクル赤外パルスのサブサイクル化に向けたアップグレードを続けると共に、単一サイクル円偏光パルスの発生も試みる。このような極限的な単一サイクル円偏光の光強電場を強相関電子系の物性制御に適用した例は無い。励起光として用いることでスピンの直接制御が期待できると共に、プローブ光として用いることで光強電場・磁場が駆動する多体電子のスピンダイナミクスを実時間観測できる。多体電子系の高強度場物理を展開する上で極めて強力なツールとなる。
当該年度は、サブサイクル化に向けた光源のアップグレードと、単一サイクルパルスを用いた物性測定(予備実験)を計画していた。サブサイクル化に必要な光学素子の開発に当初の計画よりも時間を要することが明らかとなったこと、有機超伝導体を対象とした物性実験で極めて興味深い結果を得たことから、当該年度は単一サイクルパルスを用いた物性測定に重点を置いた。物性測定の展開に必要な光学部品の購入に経費を集中した一方で、サブサイクル化のための素子の購入には至らなかったため、次年度使用額が生じた。次年度以降、サブサイクル化に向けた光源のアップグレードを継続して進めることとし、未使用額はそのための必要物品に充てる予定である。
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