ゼロ質量のディラック電子系を有する圧力下有機導体において低エネルギースピン励起およびスピン相関特性の試料依存性を調べた。ディラック電子系における励起や相関の性質は高エネルギー域においては既によく知られているが、ディラック点近傍の低エネルギー域に関しては、特に微視的な観点から検証された事例は極めて少ない。研究代表者の平田は炭素の同位体(C-13)での核磁気共鳴測定を用いて同物質の低エネルギー域におけるスピン励起と相関を微視的に検証し、低温域におけるスピンダイナミクスの特性に大きな試料依存性が存在することを見出した。 通常、核スピン格子緩和率の温度依存性には電子スピンの励起や相関の特性を反映した振る舞いが現れ、相関のないディラック電子系の場合は緩和率が単調に減少し続けることが知られている。しかし本物質では最低温域で緩和率が急峻な反転増大を示し、これが強い電子間相互作用に由来するエキシトニックなスピンゆらぎの発達に起因することが前年度の代表者らの研究を通じ明らかになっている。この特性に注目し、低温域でのゆらぎの性質を複数の試料で検証したところ、大枠で反転増大を示す試料と示さない試料に大別できることが判明した。名大の小林氏とともに有効模型を用いた数値計算との比較を行い、この試料依存性はごく微小な格子欠損に伴う電子の自己ドープ効果と関係した電子ホール対称性の僅かな破れが引き起こす現象と考えられることを突き止めた。 大きなフェルミ面をもつ通常の電子系では僅かな自己ドープの効果は物性にほとんど寄与しないが、平田らの本年度の研究を通してフェルミ点しか存在しないディラック電子系においてはその影響が劇的に大きく現れることが示された。これはエキシトニック揺らぎの基礎的理解を確立する上で大きな成果であり、ドープ量の系統的な制御を通じたエキシトニック転移の探索と性質解明に向けた重要な一歩と期待される。
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