研究課題
Cu2+が一次元鎖を形成するNa2CuCl2SO4の中性子非弾性散乱実験とμSR実験を行った。最近、K2CuCl2SO4の磁性が他グループにより先立って報告された。K2CuCl2SO4のCu2+がJ1-J2量子スピン鎖を形成すると考え研究を進めていたが、最近接相互作用は非常に弱く、Cu-Cl-Cl-Cuのパスを持つ次近接交換相互作用が支配的な量子スピン一次元鎖であることが報告された。しかし、鎖毎にDMベクトルの向きが異なることに起因するユニークなスピンフラストレーションを内包するため、どのような磁性が発現するかは自明ではない。K2CuCl2SO4は磁気転移温度が0.1K以下と低く、磁気転移温度付近を中性子非弾性散乱実験で探ることは難しい。我々が合成に成功したNa2CuCl2SO4は反強磁性転移温度が0.5Kかつ10g程度の巨大単結晶が得られるため、本物質に絞り研究を進めた。転移温度以上での中性子非弾性散乱実験を行なった。K2CuCl2SO4と同様に一次元量子スピン鎖特有の連続体励起が観測された。さらに、転移温度付近のスピンの動的性質を探るため、単結晶と粉末両方のμSR実験を行なった。高温側ではスピン液体的振る舞いが観測され、0.5Kで長距離磁気秩序の形成が観測された。単結晶での実験により磁気転移温度付近の詳細が判明し、鎖内での長距離磁気秩序の発達後、三次元的な磁気秩序へ変化して行くかのような振る舞いが観測された。緩和率温度依存性は他の磁気秩序を形成する物質とは大きく異なる。新たなJ1-J2鎖候補物質の合成に成功した。Cu2+周りのアニオンの配列状態から、J1とJ2は符号が異なり、それぞれの大きさは掛け離れてはいない事が期待できる。スピンネマティック状態の観測が期待できるか否か、現在調査中である。
2: おおむね順調に進展している
当初の予定とは異なるが、Na2CuCl2SO4は一次元量子スピン系の磁性(特に磁気秩序とDM相互作用の関係)の理解の深化に資する物質である事が判明し、そのために必要な実験結果が揃いつつある。μSR実験の結果はインパクトのあるものであり、平成30年度に予定されている希釈冷凍機を用いた中性子非弾性散乱実験の結果と合わせる事で、本系の磁気秩序形成の様子とDM相互作用の役割が判明すると思われる。さらに新たな候補物質の発見もあり、スピンネマティック状態の観測についても可能性が潰えたわけではない。
転移温度以下および付近の中性子散乱実験を実施する。具体的には、オーストラリアANSTOに設置されている分光器SIKAを使用し、どのような磁気構造が形成されているのかを明らかにする。加えて、分光器PELICANを使用し、中性子非弾性散乱実験もおこなう。中性子非弾性散乱実験の結果から、分散関係に若干の違いが見えるかと思われるが、解析をおこなうことで、鎖内相互作用と比べ、DMベクトルがどのくらいの大きさを持つか、それがどのように作用した結果長距離磁気秩序が形成されたのか、が明らかになると考えている。ビームタイムはすでに確保できている。新物質におけるスピンネマティック状態の観測の可能性を探る。スピンネマティック状態の観測が期待できる新候補物質として、カドミウム銅硫酸リン酸化物を見出し、その研究を開始している。J1およびJ2は、酸化物と比べると小さいことが予想できるが、詳細は現在調査中である。
オーストラリアANSTOでの実験において、前年度に実験課題申請を行ったが、実験開始時期は4月初旬に設定されたため、宿泊費等は今年度分の科研費で処理することとなった。次年度使用額生じた一番の理由であると考える。オーストラリアANSTOでの実験に必要な旅費等2~3回分が主な用途である。旅費および滞在費の総額は、渡航時期にもよるが、300,000~400,000円必要である。2018年7月から12月の間におこなわれる実験が2課題あり、その旅費が必要である。より効率的に単結晶育成が行えるように、設置場所が確保でき次第、マッフル炉の購入も検討する。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件) 学会発表 (1件) 備考 (2件)
PHYSICAL REVIEW LETTERS
巻: 120 ページ: 077201
10.1103/PhysRevLett.120.077201
http://www.tus.ac.jp/today/20180214100.pdf
http://www.ansto.gov.au/AboutANSTO/MediaCentre/News/ACS177353