研究課題/領域番号 |
17K14350
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
酒井 志朗 国立研究開発法人理化学研究所, 創発物性科学研究センター, 上級研究員 (80506733)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 準結晶 / 超伝導 / フラクタル / FFLO状態 / 準周期系 |
研究実績の概要 |
一般に超伝導は磁場によって破壊されるが、正常状態に至る過程は超伝導体のタイプによって異なり、周期系においても異なるいくつかの場合が知られている。準周期系の超伝導体に磁場を掛けた場合にどのような変化が起こるかは未知の問題であり、今年度はこの問題に焦点を当てて研究を行った。また、その結果を論文にまとめ投稿した。以下にその結果について少し詳しく述べる。 準周期系超伝導体の模型としてペンローズ構造上の引力ハバード模型を考え、これに磁場の効果を入れたハミルトニアンを平均場近似の範囲で解いた。その結果、低温・強磁場領域において、超伝導秩序変数の符号が空間変化する特異な超伝導状態が出現することを見出した。この超伝導状態は、周期系超伝導体において1960年代に提案されたFulde-Ferrell-Larkin-Ovchinnikov(FFLO)状態の準周期版にあたると考えられる。ただし、このような符号変化する超伝導状態が準周期系に現れること自体は非自明である。というのは、準周期ポテンシャルはしばしば電子の運動を乱す働きをする一方で、FFLO状態はそのような乱れに弱いことが知られているからである。つまり、準周期ポテンシャルによって乱されず、むしろそれと上手く整合するような符号構造を電子系が自ら見つけたことで、この特異な超伝導状態が現れたと言える。 最近、準結晶の超伝導体が名古屋大学の実験グループによって発見された。また、準周期構造の光学格子の実現については1990年代に既に報告があるが、最近、これにフェルミ原子ガスを載せた研究も報告され始めている。上述の理論研究の結果は、これらの系で実現する超伝導状態に、従来の周期結晶の超伝導体とは異なる性質がある可能性を提示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
準周期系超伝導状態における磁場の効果については、これまで全く理論研究がなかったため、当該年度の研究によって多くの新しい事実を明らかにできたと考えている。まず、超伝導相内において比較的高温の領域では、磁場に対して、通常の周期結晶超伝導体と似た振る舞いを示すことが確認できた。その上で、低温領域では、超伝導臨界磁場直下に、上述のような超伝導秩序変数の符号が空間変化する特異な超伝導状態が存在することを見出した。この磁場下超伝導状態において、磁化の空間パターン等を調べ、この状態が、周期系で提案されていたFulde-Ferrell-Larkin-Ovchinnikov状態に対応する状態であることを明らかにした。また、この超伝導状態が、磁場、温度、電子密度、相互作用強度といったパラメータの変化に対してどのように振る舞うか、といった点についても明らかにすることができた。さらに、超伝導秩序変数の符号の空間パターンがそのようなメカニズムによって決まるのか、という問題についても、数値計算を通して一定の回答を与えることができた。その上で、これらの結果を論文の形にまとめ投稿する段階まで運ぶことができたので、「順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
準周期系超伝導体についてはこれまでほとんど理論研究がなく、その性質の多くが未解明である。従来の周期結晶超伝導体の理論の多くは、波数空間での記述に立脚しており、それがうまく定義できない準周期系においてそれらの理論によって導かれた結論が適用できるかは定かでない。そこで、まずは、準周期系超伝導体の基本的な性質を明らかにしていくことが重要である。 Bardeen-Cooper-Schriefferによる理論は、従来型超伝導体について、様々なユニバーサルな性質があることを結論し、実際にそのような性質が確認されてきた。今後の研究方針の一つは、このような性質が準周期系超伝導体でも成り立っているか否かを数値計算を用いて理論的に調べることである。具体的には、超伝導転移温度における電子比熱係数の跳びや、超伝導ギャップと転移温度の比などである。これらの値を精度よく見積もるには、扱うクラスターのサイズ依存性にも十分留意する必要があり、その点を検討しながら研究をすすめる。また、準周期系においてはそもそもユニバーサルな値が存在しない可能性も考えられるので、電子数等のパラメータに対する依存性についても調べながら研究を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた準周期系超伝導体の基本的性質を明らかにする研究については、当初想定していたより大きなクラスターサイズでの計算が必要となり遅れが生じた。一方で、準周期系超伝導体の磁場下の性質の研究については、新しいタイプの超伝導状態を見出すなどの大きな進展があった。また、系統的な数値計算によりその性質や起源についてのまとまった結果が得られ理解が進んだ。次年度は、主に、これらの結果の論文としての出版費用や、国際会議等での発表に経費を使用する。
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