研究課題/領域番号 |
17K14373
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
中山 洋平 中央大学, 理工学部, 助教 (20757728)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 分子モーター / 生体エネルギー変換 / 非平衡熱力学 / 非平衡統計力学 |
研究実績の概要 |
生体分子モーターF1-ATPaseは、ほぼ100%の効率でATP加水分解反応の自由エネルギーと力学的な仕事を相互に変換する。この高いエネルギー変換効率を実現しているメカニズムに迫るには、変換効率を高く保つために必要な条件を明らかにすることが欠かせない。本年度は、基質であるATPの類似物質への置き換えがエネルギー変換効率におよぼす影響を調べることを目指して、まずは一分子実験で得られる回転軸の角度の時系列から、統計推定の枠組みに基づいて基質の加水分解反応の自由エネルギー差を求める方法を開発した。この方法の有効性を調べるために、ATPを用いて実験・解析を行ったところ、既知の自由エネルギー差が正しく再現されることがわかった。また解析の過程で、回転軸の運動を記述する自由エネルギー地形や、その地形が基質の結合・解離などにともなってスイッチする速度といった、F1-ATPaseの非平衡状態における運動を特徴付けるパラメータの値も得られた。 同時に、他の方法で基質の自由エネルギー差を求められないかについても調べた。特に、基質濃度が高い条件で実験を行い、自由エネルギー地形が回転軸の角度のみの関数になっていることを仮定して解析を行なった。仮定の妥当性を確認した上で実験を行なったにもかかわらず、得られた自由エネルギー差の値は、既知の値より有意に小さかった。この結果は、自由エネルギー地形に細かなデコボコがあると考えれば説明できる。そこで、測定装置の解像度を上げた実験を行なったところ、自由エネルギー地形に存在する細かなデコボコの兆候を検出することに成功した。 その他に、F1-ATPaseと同じく熱ゆらぎが顕著なスケールでエネルギー変換を行うモデルである、Feynmanラチェットの熱-仕事変換効率についても理論的に調べた。そして、どのような極限的な状況を考えても、カルノー効率が達成されないことを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
統計推定の手法による自由エネルギー差の解析で、実験で得られた時系列から妥当な値が得られたことは大きな進展である。本手法は、数値計算で生成した回転軸の角度の時系列に対しては有効性が確立されていたが、測定装置に由来する誤差が存在しているときに適切な結果を与えるかどうかはわからなかったためである。実際、測定装置の時間解像度によっては、時系列から自由エネルギー差の妥当な値が得られないような場合もあることが、現在までに明らかになっている。したがって、自由エネルギー差の解析が行える実験条件の決定に成功したことは、非自明な進展と言える。 基質濃度が高い条件での実験は、自由エネルギー差を求める新たな手法の開発には結びつかなかったものの、ゆらぎの大きさが熱ゆらぎよりも大きくなる、という有効温度の概念と理論的に関係付けることに成功した。有効温度はさまざまな系で定式化されているが、分子モーターの文脈での実測はおそらく初めてであり、大きな成果である。さらに、前述の統計推定の方法以外では自由エネルギー差を求めることが難しいことが判明したことも、当初の計画にはなかった有用な知見である。つまり、自由エネルギー地形のデコボコに影響されずに自由エネルギー差を解析できる統計推定の手法を確立することは、より重要性を増したと言える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的である、F1-ATPaseがATPの類似物質を加水分解して力学的仕事をする際のエネルギー変換効率の測定に向けて研究を進める。そのために、まずATPの類似物質の加水分解反応の自由エネルギー差を、本年度開発した方法によって求める。続いて、ATPの類似物質を基質としたときのF1-ATPaseのする力学的仕事の測定も行い、エネルギー変換効率を明らかにする。あわせて、基質をATPの類似物質に置き換えることで、自由エネルギー地形の関数形や、地形形状がスイッチする速度がどのように変化するかについても調べる。また、自由エネルギー差を求める方法自体の信頼性を高めるために、自由エネルギー差の値が異なる条件でも実験・解析を行って、結果の有効性を引き続き調べる。 ATPの類似物質を基質とするときのF1-ATPaseのエネルギー変換効率が十分に明らかになった後は、さらにF1-ATPaseの変異体を用いることで、系統的にどのような因子がエネルギー変換効率に影響を与えているか調べる。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験で使用する消耗品の費用を物品費に計上していたが、所属研究室ですでに購入済みであった消耗品を優先的に消費する必要があったため、当該年度は消耗品の購入量が抑えられた。翌年度分として請求した助成金と合わせて、今後必要となった時点で消耗品を購入する計画である。 また、人件費・謝金およびその他の費目については、論文投稿時に英文校閲を利用しなかったこと、および掲載費用のかからない論文誌に投稿したことにより支出が抑えられた。次年度は論文の投稿数が増えることが見込まれているので、そのための英文校閲・論文掲載費用として使用する予定である。
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