本研究では、筋肉の収縮単位であるミオシンフィラメントをDNA ナノテクノロジーを駆使してデザインし、フィラメント内部のモーター分子群の動態や運動相関を1分子レベルで解析するのが目的である。前年度からの実験の最適化を行うことで、独自に構築した暗視野顕微鏡を用いて、フィラメント内のミオシン分子1個の動作を従来の報告にない精度で直接観察することに成功し、高速AFMを用いて、ミオシン分子の構造変化と分子間の運動相関を直接観察することに成功した。いずれも、50年近い筋研究の歴史の中で、直接観察が望まれながらも実現できなかった観察であり、筋研究の中での大きなマイルストーンとなる成果だと確信している。具体的な成果は以下である。 筋収縮の分子メカニズムについて実験・理論の両面から多種多様な研究が展開され、ミオシンレバーアーム部位の構造変化を基盤としたレバーアーム仮説が定着した。しかし、筋収縮の機械特性や協同効果を説明するのに重要となる、力発生時の構造変化の動的な特性や、力発生の初期過程については不明な点も多かった。直接観察ができなかったことが原因であり、今回、DNAオリガミをベースにした人工ミオシンフィラメントを作製することで、その観察を可能にした。ミオシンモーター部位は、マイクロ秒の時間スケールでブラウン運動しながらアクチンと弱い結合解離を繰り返し、その結合解離特性がブラウニアンラチェットの特性を持つこと、また、前方にバイアス結合を行うことを発見した。バイアス結合後は、アクチンと強い結合状態を形成し、レバーアームの2段階かつ可逆的な構造変化を起こした。力発生時のこれらの動的特性は、筋収縮の力-収縮速度関係、熱産生さらには、外力下での効率的、適応的な筋収縮特性、協同効果といった機械特性を包括的に説明する分子基盤を提供する。
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