本研究の目的は、(1)我々が開発してきた自己無撞着点電荷に基づく周期的QM/MM法で決定するMM結晶モデルを高精度電子状態計算における静電的補正に利用する事、また(2)自己無撞着点電荷に基づく周期的QM/MM法における反応中心とその周囲分子との相互作用について記述精度を向上させる事である。 従来のONIOM法では高精度レイヤーの電子状態計算を行う際に周囲分子からの電子的影響を考慮していない点で高精度レイヤーの電子状態の記述に課題が残るが、高精度レイヤー計算において無限周期的MM層からの静電効果を考慮に入れる事で、その点の改善が期待できる。 前年度の結晶内の混合原子価化合物に引き続き、本年度は、分子記憶デバイスとして期待されるRuSO2系の結晶内異性化反応と、光照射や加熱を行う事なく単結晶-単結晶相転移を生じさせる事によって発光色を大きく変える金(I)-イソシアニド系について上記QM/MM法を適用した。 RuSO2系の結晶では基底構造GSの他に準安定構造としてη2型のMS2とη1型のMS1が存在するが、それらの相対安定性とエネルギー障壁は気相中、溶液中、結晶中の順で大きく異なっていく事が分かった。特に光照射によって生じたMS1構造を加熱によってMS2構造、さらにGS構造へと戻すには、結晶中ではcounterionに加え、隣接するRuSO2分子との静電反発が大きな役割を果たす事が明らかになった。 金(I)-イソシアニド系ではPhNC-Au-Phによる単結晶と、ジメチル化した誘導体dimPhNC-Au-Phの単結晶において、吸収・発光スペクトルが相転移によって大きく変化する理由が局所励起LEと金属金属配位子電荷移動励起MMLCTの違いにある事を明らかにした。特にMMLCTは隣り合う2量体のみならず4量体にまで非局在化したSOMO軌道を持つ事が分かり、上記(2)の重要性も示された。
|