研究課題/領域番号 |
17K14469
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
大城 宗一郎 名古屋大学, 物質科学国際研究センター, 助教 (90793323)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 超分子化学 / 超分子ポリマー / 精密超分子重合 / アミノ酸ジアミド |
研究実績の概要 |
平成29年度は,超分子ポリマーの成長過程を時間で制御する精密超分子重合法の実現に向けて,汎用分子骨格の開発に取り組んだ.本研究で着目したジアミド化合物は,アミノ酸誘導体から容易に合成でき,分子間水素結合により超分子ポリマー形成を促す汎用分子骨格である.一方で,アミノ酸ジアミドはタンパク質の最小の構成単位であり,分子内水素結合によりエネルギー的に安定な折り畳み構造を形成する.このフォールディング特性により,超分子ポリマー生長する分子構造と生長しない構造の二状態間を動的に変化すると考えた.アミノ酸誘導体とアミド化反応により,発光性のπ電子系化合物であるピレン誘導体をN末端とC末端それぞれに導入し,溶液中における超分子重合過程を種々のスペクトル測定 (IR,NMR,吸収,蛍光)と顕微鏡観察 (AFM,TEM)により評価した.その結果,超分子重合の初期過程において,ジアミド部位の分子内水素結合により折り畳まれた構造を形成し,超分子ポリマー成長が一時的に抑制されることを見出した.この準安定状態に対し,超音波処理で調製した会合体の断片(種,たね)の溶液を添加したところ,直ちに超分子ポリマー化が進行することが分かった.すなわち,アミノ酸ジアミド骨格のフォールディング特性 (分子内水素結合)と超分子ポリマー形成特性 (分子間相互作用)を生かし,ピレン分子の超分子重合過程を時間で制御できることを実証した.汎用分子骨格であるジアミド骨格に,精密超分子重合の実現に向けた新たな価値を見出した成果は,世界的にも初めての事例であり独創的と言える.この成果は国際学術誌(Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 2339-2343)に掲載されており,同誌のバックカバーにハイライトされている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度の研究実施計画に記載した「非平衡系のデザイン」と「開始剤のデザイン」の進捗状況について評価した. 非平衡系のデザインに関して,当初の計画通り,アミノ酸ジアミド骨格のフォールディング特性と超分子ポリマー形成特性を生かし,ピレン分子の超分子重合過程を時間で制御できることを実証した.また,アミノ酸残基を変えることで,アミノ酸ジアミドの時間発展的な超分子重合を制御できることがわかってきている.具体的には,超分子重合の初期過程において生成する折り畳み構造の速度論的な安定性がアミノ酸によって異なることを確認している.さらに,一時的にトラップされたモノマー混合溶液に,対応する超分子ポリマーの断片を添加することで,選択的な超分子重合を達成できることを見出している. 上記の研究と並行して,一時的に抑制されたアミノ酸ジアミドの超分子重合を効率良く開始できる添加剤の開発に取り組んだ.開始剤として機能させるには,アミノ酸ジアミドと効果的に相互作用させる分子設計が必要である.ジアミド二分子を共有結合により連結すれば,ジアミド同士の水素結合により開いた構造で固定され,ジアミド単量体と強く相互作用すると考えた.そこで,システイン誘導体を出発原料とし,ジスルフィド結合により連結させたジアミド二量体を合成した.少量のジアミド二量体を添加してジアミド単量体の超分子重合過程を追跡した結果,ジアミド二量体は開始剤としてではなく重合加速剤として機能することがわかった.当初想定していた成果とは異なるが,ジアミド二量体が特殊な分子構造を取り,ジアミド単量体とは異なる興味深い自己集合特性が明らかになりつつある. 以上の成果から,おおむね順調に進展していると考えられる.
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は,アミノ酸ジアミドを利用する精密超分子重合に確立に向けて,平成29年度に得られた研究成果を基に研究を推し進める.具体的には,「アミノ酸残基の効果」と「ジスルフィド結合による二量化の効果」について評価を進め,精密超分子重合の実現に向けた最適なアミノ酸ジアミド骨格を明らかにする.最適アミノ酸なジアミド骨格が見つかれば,末端ピレンの代わりに多様なπ電子系化合物を導入し,超分子ポリマーの形成過程に及ぼすπ電子系化合物の効果を明らかにする.また,速度論的アプローチである精密超分子重合により,構造要素が制御された超分子ポリマーが示す物性について興味が持たれる.熱力学的に調製された分子集合体の物性と比較し,精密超分子重合の意義と効果を探索する. さらに,超分子ポリマーのチューブ状,シート状集合体構造など次元と形状の異なる集合体についても,ジアミド化合物を導入することで準安定状態を創り出し,構造要素と機能の精密制御に挑む.ジアミド化合物の原料となるアミノ酸には,N末端,C末端,そしてアミノ酸残基に三種類の異なる機能性置換基を導入できる.この特徴を利用し,親水性・疎水性,置換基の嵩高さ,剛直性・柔軟性などのバランスを考慮した様々な分子をデザインできる.実際に,末端ピレンを他の分子骨格に置き換えたジアミド化合物を設計,合成しており,自己集合特性がどのように変化するのか評価を進めている.自己集合プロセスの熱力学と速度論について理解を深め,時間軸を考慮に入れた精密超分子合成を実現し,サイズ,形状,分子配列などの構造要素に基づく物性・機能の開拓を進める.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究計画は大きく分けて,「非平衡系を実現する分子ユニットと開始剤の合成」,「分子集合特性の熱力学的・速度論的評価」,そして「材料物性・機能性の評価」の三段構えで構成されており,それぞれに関わる研究経費を予測していた.平成29年度に評価を進めたアミノ酸ジアミドは,市販の試薬を用いて3段階で合成されるものであり,当研究室に保管されている試薬を用いて進めることができた.また,分子集合特性の評価には,種々のスペクトル測定 (IR,NMR,吸収,蛍光)と顕微鏡観察 (AFM,TEM)を用いたが,並行して進められている研究プロジェクトと物品や消耗品を共有することで物品費を抑えることができた.一方,国内で開催されたシンポジウムや学会に参加し,関連研究の情報収集と研究成果の報告活動を行った.この際の旅費に本研究費をあてた.また,国際学術誌への研究論文とバックカバーの掲載に関わる費用を支払った. 平成30年度は,アミノ酸ジアミドに多様なπ電子系化合物を導入する.導入にはクロスカップリング反応を利用するため,パラジウム触媒などの高価な遷移金属触媒などの試薬購入に研究費をあてる.また,物性・機能の評価を進めるべく,当該研究室で現有の測定機器だけでなく,機器使用料が発生する学科共有の測定機器も積極的に利用する予定である.7月には国際学会への参加が決まっており,本研究成果を世界に広く発信していく.
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