本研究では、高強度鋼において重要となるラスマルテンサイト変態の組織形成に及ぼす母相粒界の影響について検討を行い、特に加工硬化オーステナイトからマルテンサイト変態させる変態前加工処理、いわゆるオースフォーミングを施した場合の組織形成、組織サイズおよび結晶学的特徴に及ぼす母相粒界の影響について明らかにすることを目的とした。 本研究では母相粒界の影響を調査するため、多結晶試料とともに単結晶試料が必要となる。しかしながら、ブリッジマン法を用いた単結晶試料作製の試みは、適切な条件の選定には至らず、単結晶試料の作製はできなかった。このため、厳密な母相粒界の影響について検討することは本研究においてできなかった。 そこで、母相粒径の異なる種々の試料に対して変態前加工を施し、加工硬化オーステナイトから変態したラスマルテンサイト組織について調査を行い、間接的に母相粒界の影響を調査した。その結果、母相粒径の大小に関わらず、変態前加工処理により加工硬化オーステナイトから変態するラスマルテンサイト組織のサイズに大きな差は見られず、Vickers硬度にも差は見られなかった。また、結晶方位解析の結果、微細な母相粒径を有する試料では結晶学的な集合組織の発達を確認したが、粗大な母相粒径を有する試料ではその度合いは小さく、変態前加工時に問題となる力学特性の異方性を抑制できる可能性を見出した。 以上の結果より、母相粒径を粗大にすることで変態前加工時のオーステナイト強度を低下させることは、力学特性を担保しながら操業的な利点を得る、新たな組織制御の指針となりえると期待される。
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