鉄粒子と黒鉛を酸素雰囲気下でボールミル粉砕すると、鉄粒子に磁気特性に優れた{100}<0vw>変形集合組織が形成される。本組織の形成には、黒鉛による鉄粒子表面の潤滑が重要であり、集合組織の配向性は潤滑度に比例して高まる。この黒鉛の潤滑性は、元の鉄粒子表面ではなく、粉砕によって現れる鉄粒子表面の新生面と雰囲気酸素の反応で生成する酸化膜の表面の方が高くなることが推測された。これは種々の塑性加工法の中でも、ボールミル粉砕のみが持つ特徴であり、被加工物の新生面形成量が極めて大きいことに起因する未知の現象である。本研究では、この酸化膜による黒鉛の潤滑性の発現機構の解明を目的とした。 走査型摩擦力顕微鏡で、鉄粒子表面の摩擦係数を測定した結果、含酸素雰囲気下で黒鉛と共に粉砕された鉄粒子表面の摩擦係数が、低酸素分圧下で粉砕された場合と比較して低いことが確認された。さらに、XANES(X線吸収端近傍構造)による分析によって、この違いは鉄粒子表面の黒鉛結晶の配向性の違いに起因することを明らかにした。さらに、TEMによる直接観察により、含酸素雰囲気下で黒鉛と共に粉砕された鉄粒子表面の黒鉛は、そのベーサル面を鉄粒子表面と平行に配向させ、一方、低酸素分圧下で粉砕された場合は、ベーサル面がランダム配向していることを明らかにした。 以上の結果から、酸化膜による黒鉛の潤滑性の発現機構は次のように考えられる。すなわち、ボールミルで粉砕された鉄粒子は多くの新生表面を持つ。この新生表面は反応性が高いため、粉砕雰囲気に応じた生成物を生じる。この生成物が黒鉛と相互作用し、黒鉛の配向を変化させる。その結果、黒鉛の潤滑性が、被潤滑面が形成される際の粉砕雰囲気に応じて変化し、特に酸化鉄は黒鉛を配向させる働きが強かったものと推測される。
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