神経変性疾患の治療法開発のためには異常タンパクの増殖に起因する神経変性機構を解明することが最重要課題である。プリオン病では、異常型プリオンタンパク質 (PrPSc) が脳内の神経細胞で増殖して神経変性を引き起こす。本研究では、プリオン感染マウスモデルにおいて、神経変性過程にある脳内神経細胞の遺伝子発現プロファイルを解明することを足掛かりとして、プリオン病の神経変性機構の分子基盤を解明する。 昨年度に引き続き、プリオン感染マウスの脳からPrPSc陽性神経細胞を分取し、RNA-sequencingを試みた。しかし、RNAの質および収量の問題から、微量サンプル用のキットを用いても、トランスクリプトーム解析に十分なデータは得られなかった。一方で、感染マウスの脳組織を用いたトランスクリプトーム解析の結果、ストレス応答性転写調節因子ATF3が神経脱落部位で発現誘導されることを見出した。脳のPrPScの蓄積とATF3の発現を経時的に解析した結果、PrPScが感染初期から蓄積する脳領域で、ATF3が臨床症状期に神経細胞に発現誘導されることが分かった。神経脱落部位ではATF3の標的遺伝子であるアポトーシス関連因子の発現が上昇していることから、ATF3が変性過程にある神経細胞の指標となることが示された。 活性化グリア細胞が神経変性に関与する可能性を鑑み、プリオン感染初代培養神経細胞と感染マウスの脳から分離した活性化ミクログリアとの共培養を試みた。しかし、ATF3の発現誘導および神経細胞死は認められなかった。この結果は、プリオン感染と活性化ミクログリア由来因子だけでは神経変性を惹起するのに不十分であることを示唆している。そこで、当初計画を見直し、ATF3分子に着目して神経変性機構を解析することとした。今後は、ゲノム編集技術やノックアウトマウスを用いてATF3の発現と神経変性の因果関係を究明する。
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