研究課題/領域番号 |
17K15001
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研究機関 | 国立研究開発法人国立がん研究センター |
研究代表者 |
西山 郵子 国立研究開発法人国立がん研究センター, 研究所, 研究員 (60779635)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | p53 / miRNA / ISR |
研究実績の概要 |
本研究では、がん抑制因子p53が不活化したがん細胞の細胞内ネットワークを同定し、がん細胞の本態を理解し、革新的な癌治療法の確立に資する基盤的研究を展開している。p53不活化がん細胞で優位となる細胞内のネットワーク解析には、マイクロRNA (miRNA)をスクリーニングツールとして用いた。miRNAは遺伝子発現制御因子であり、一つのmiRNAで複数の標的遺伝子の制御を行い、標的の選択は細胞タイプに依存することが知られている。この特性を利用し、p53不活化細胞のネットワーク探索を実施した。miRNAライブラリーを用いて、p53不活化がん細胞の増殖を選択的に抑制するmiRNAをスクリーニングし、miR-584を同定した。miR-584はp53野生型に比べて不活化がん細胞の増殖を有意に強く抑制した。また、マイクロアレイ解析の結果から、miR-584の細胞への導入により、Integrated Stress Response (ISR)経路が抑制されていることを見出した。一方、p53変異ステータスで誘導する表現型が異なるmiR-22を用いて、p53変異がん細胞の増殖に必須な因子を探索し、NEK9を同定している。興味深いことに、NEK9の発現を抑制したp53変異がん細胞でも、ISRが抑制されていることがわかった。さらに、臨床検体のトランスクリプトーム解析の結果からも、p53遺伝子に変異を有する肺腺がん症例では、ISR経路の中心分子であるATF4の有意な活性化が認められた。ATF4の発現制御は、転写レベルではなくタンパク質への翻訳レベルで制御されている。NEK9は、翻訳制御因子と相互作用していることを見出した。これらの結果から、p53不活化がん細胞の生存にはISRの活性化が必須であり、NEK9による翻訳制御機構とmiR-584の標的同定により、生存に必須な因子の同定が必須である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
p53遺伝子の変異は、ヒト悪性腫瘍の約半数で変異が認められ、p53不活化がん細胞の増殖を選択的に抑制することができれば、革新的ながん治療法の確立が期待できる。これまでの結果は、miR-584が抑制している細胞内因子の中には、p53不活化がん細胞の増殖に必須な因子が含まれていることを強く示唆している。一方、細胞内ネットワークの解析から、miR-584によってISR経路が抑制されていることを示している。miR-584は、ISR下流に位置する複数因子の発現を抑制していると考えられる。したがって、miR-584はp53不活化がん細胞の生存に必須な下流因子の同定に有用なツールであり、発現抑制される因子を絞り込む必要がある。本年度までに、miR-584で発現抑制され、かつ、NEK9の阻害によって発現抑制される20因子のsiRNAを作成し、細胞増殖との関連を検討した。その結果、ファクターXが強く細胞増殖を抑制することを見出した。Xは翻訳制御因子と協調して細胞増殖を亢進する機能が知られている。さらに、NEK9と相互作用する因子の解析から、翻訳制御因子、特にpre-initiation複合体とCap複合体と相互作用することを見出した。興味深いことに、この複合体には、変異型p53タンパク質が相互作用することもわかってきた。変異型p53とNEK9複合体との相互作用は、細胞周期のG1期で生じていると強く示唆された。一方、NEK9は翻訳制御因子と複数の異なる複合体を形成していることや、翻訳制御因子の翻訳後修飾がその相互作用と関連することを見出した。これらの結果から、p53不活化がん細胞では、NEK9による選択的な翻訳制御機構が存在すること、それには変異型p53も関連していると考えられる。その一つの標的はATF4であるが、NEK9複合体にはATF4 mRNAが含まれていることもわかった。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は次の2項目について検討を加える。 1. miR-584によって発現抑制される遺伝子群の解析:miR-584によって発現抑制される因子の中には、Xを始めとしてp53不活化がん細胞の増殖を強く抑制する因子が存在する。他の因子に関して、特にATF4の下流に位置する因子群のsiRNA smallライブラリーを作成し、網羅的に表現型の解析を実施する。一方、ISR経路の活性化機構についても検討を加える。ISR経路は、アミノ酸飢餓や鉄欠乏、ERストレスによって活性化される。なぜ、ISRがp53不活化がん細胞で活性化されるかそのメカニズムについて検討を加える。p53不活化がん細胞内のアミノ酸プールの解析や、必須金属の定量化を実施する。これらの細胞内インバランスは、ATF4の翻訳活性化の制御因子であるeIF2のリン酸化酵素を活性化する。eIF2キナーゼ(4種類)の活性化や発現とp53変異との関連を解析する。 2. p53不活化がん細胞における選択的翻訳制御機構の解析:NEK9と変異型p53とによる翻訳制御機構は、p53不活化がん細胞の生存機構を理解するために必須である。NEK9はpre-initiation complexやcap-binding complexと相互作用することを見出した。これらは、RNA依存的に形成している部分と、RNA非依存的に形成されるものがあることがわかってきた。これまでの解析から、NEK9は異なる翻訳制御因子と複数の複合体を形成することがわかってきた。これらの中には、翻訳後修飾を受けた特徴的な翻訳制御因子と選択的に相互作用するもの等が含まれており、さらに、変異型p53も共存すると考えられる。したがって、NEK9複合体による翻訳制御機構を理解することで、p53不活化がん細胞の選択的翻訳制御機構と生存との関連が明らかになると期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は、翻訳後修飾と複数の複合体形成の確認作業を繰り返し行ったため、未使用額が生じた。 来年度は、p53不活化がん細胞の増殖を強く抑制する因子、特にATF4の下流の因子群のsiRNA small ライブラリーを作成し、網羅的に表現型の解析を実施することとし、未使用額はその経費に充てることとしたい。
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