生物システムは一般に、厳しい環境条件下においても表現型と遺伝子型を柔軟に変化させ、環境に適応することが可能である。しかしながら、適応進化のプロセスにおいて表現型と遺伝子型とが具体的にどのようにからみ合いながら変化し、環境への適応がもたらされるかについては不明な点が多い。こうした適応進化過程において、ゲノム遺伝子配列の変化を伴わないエピジェネティクス機構が重要な役割を果たすことが示唆されている。本研究ではエピジェネティクス機構に関わると予想される遺伝子群(核様体結合タンパク質;NAPs)の破壊が適応進化過程にどのような影響が生じるのかを詳細に解析し、その分子基盤を明らかにすることを目的とした。
作用機序の異なる5種の抗生物質存在下における実験室進化に供し、欠損すると親株と比べ顕著に薬剤耐性化が阻害されるようなNAPsの同定を行った。これらのうち最も顕著なものとしてLrpを同定した。NAPs非欠損株を薬剤環境下で進化させた株の全ゲノム変異解析を実施し、同定した変異をゲノム編集により親株に全て導入し、進化株とゲノム配列は同等である再構築株を創出したものの、再構築株との比較からは、エピゲノム状態の変化に起因する表現型変化を見出すには至らなかった。一方、興味深いことに、これらの変異をLrp欠損株にゲノム編集により導入すると薬剤耐性能が賦与されたことから、Lrp欠損株は何らかの理由により薬剤耐性化に有効な遺伝子変異を獲得できなくなっていることが示唆された。ゲノム上におけるLrpのDNA結合部位とそれ以外の領域との変異頻度を比較したところ有意な差がみられた。これらの結果から、Lrpの破壊が適応進化の方向性に影響を及ぼしていることが示唆された。
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