研究課題/領域番号 |
17K15106
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
松本 篤幸 国立研究開発法人理化学研究所, 科技ハブ産連本部, 研究員 (00753906)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | Ras / 立体構造 / State遷移 / がん変異体 |
研究実績の概要 |
1. H-RasQ61H(1-166)のState 2並びにState 1結晶の回折データからそれぞれの立体構造を決定した。 2.本研究で得られたH-RasQ61L、H-RasQ61HのState 2の結晶構造について野生型との立体構造比較を行った。両方の変異体において、Switch II領域(残基番号60-75)の不安定化が観察された。またSwitch IIの隣に位置するα3ヘリックスがState 1様の立体構造を有することが明らかになった。 3.本研究で得られたH-RasQ61L、H-RasQ61HのState 1の結晶構造について、野生型との立体構造比較を行った。Switch II(Q61L)は大きくSwitch I側に寄っており、Switch領域間で形成されるポケット構造の大きさが小さくなっていた。Switch II領域の主鎖構造はState 2(Q61L)とよく似ており、上述のα3ヘリックスにおける観察結果を踏まえると、State 2(Q61L)はState 1様の立体構造特性を有していると考えられる。一方、Switch II(Q61H)の電子密度はほとんど観察されず、ヒスチジンへの変異が顕著な立体構造の不安定化を引き起こしていると推察される。 4.分子動力学計算を行うための情報収集並びに計算環境構築を行った。計算機としてHPC5000-XSLGPU41S(GeForce GTX 1080 Tiを装備)を整備し、分子動力学計算ソフトウェアGROMACS2016、GROMACS2018、Amber Tools18、GAMESSを用いた計算環境構築を行った。これらの計算環境を用いて、野生型State 1の結晶構造に基づいてGppNHpを取り扱うための力場構築を行った。また、本研究で得られた結晶構造を用いて計算に用いる初期構造モデルを準備した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度完了を目指していたH-RasQ61H変異体のState 1の結晶構造を決定した。これにより当初の目的であった一連のQ61変異体の結晶構造が得られた。それらの原子モデルを既知の野生型と比較することで各変異によって引き起こされる立体構造変化を解析した。その結果、アミノ酸置換により特にSwitch II領域とα3ヘリックスにおいて、動的特性の変化が引き起こされていることが示唆された。平成29年度に実施したQ61変異体のNMR実験系では変異に伴う有意な運動性の変化を検出できなかったため、計画書に記載された通り、分子動力学計算を利用した動的情報の解析のための準備を進め、令和元年度に分子動力学計算を開始することのできる環境を整備した。また本研究で得られた結晶構造群に基づいて、計算に用いる初期構造と力場ファイルの準備を行った。以上のことから、本研究は一部研究方針の変更を加えながら当初の研究計画通りに進展していると判断される。
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今後の研究の推進方策 |
1残基のアミノ酸置換によりなぜ劇的なSwitch II領域の立体構造変化が誘起されたかについて、静的な結晶構造情報から考察することは困難である。そこで令和元年度には、本研究で得られたH-Ras結晶構造群を初期構造にした分子動力学計算を実施・解析することで、立体構造変化メカニズムについての詳細な知見を得る。計算結果の解析には主にSwitch II領域並びにα3ヘリックスの局所立体構造の時間発展の様子に着目する。 また、過去にカスケード並列型分子動力学計算 (PaCS-MD) によりState 2からState 1への遷移機構を明らかにしようと試みたが、その遷移を直接観察することはできなかった(Matsunaga S.,(中間著者4名省略)Matsumoto S, Kataoka T, Shima F, Tanaka S. J Mol Graph Model. 2017 Oct;77:51-63.)。その理由の一つとして、初期構造として用いた野生型State 2構造が非常に安定であったことが挙げられる。本研究成果で得られたQ61変異体のState 2構造はState 1様の立体構造を有していたことから、Q61変異体を初期構造としたPaCS-MDを実施することでがん変異体の遷移パスウェイを追跡することが可能かもしれない。 以上の研究を通じてがん変異体に特有の立体構造特性並びに遷移機構を明らかにし、国内外の学会並びに学術雑誌での公表を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成30年度に実施した研究は主に計算機実験並びに平成29年度に取得したデータの解析であり、特に試薬類の購入費用や共同施設利用料が圧縮された。平成30年度に使用した主な内訳は令和元年度に実施する分子動力学計算環境の構築に要した費用であり、その結果の差額が次年度使用額として生じることとなった。 本年度までに得られた実験成果を統合的に説明するために、令和元年度は分子動力学計算及び計算結果の解析を実施する。これらの実験を行う中で必要な消耗品等の購入費用として学術研究助成基金助成金を使用する。また、計算科学実験を実施する上で必要不可欠な他の研究者との情報交換のための費用として使用する。以上の研究活動を通じて得られた成果を国内外の学会並びに学術雑誌等を通じて社会に発信するための費用として使用する。
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